おわり 2
いつも行くミスドの自動ドアをくぐると、巴が待っていました、とばかりに両手を振る。
軽く振り返しつつ、巴の確保した席に急いだ。
店内は寄り道を楽しむ学生で溢れ返っている。
学校の近くの店な事もあり、私服の方が少ないくらいだ。
着がえていなくて良かった、と藤花は思った。
下手に私服だと、巴は制服なのに浮きそうだ。
「お待たせ」
「うん。だいぶ待った」
席に駆け寄ると、大げさに巴が言う。
「それは失礼いたしました」
笑いながら巴の向かいに座る。
藤花の席には既に、約束のハニーディップと、いつも藤花の頼むアイスコーヒーが置かれている。
ガムシロップとミルクまで既に入っている。
至れり尽くせりである。
――もっとも、ミルクがふたつも入っているところを見ると、単に暇だから遊んでいただけかもしれない。
「で、話って?」
「うん。実はね――」
ズバリ切り出す巴に、言って話し出す。
巴と分かれてから、図書館に行こうと思った事。
途中で、不思議な骨董品屋を見つけた事。
不気味な主人に螺鈿の宝石箱を渡された事。
家に帰って『優しさの手がかり』を開けたら、不思議な声が物語を語りだした事。
赤髪赤眼の海の民の娘の物語。
薬師の青年の物語。
自鳴琴職人の娘になって彼を慰めつつ、婚約者を待った仙女の物語。
無からはじめてすべてを手にした商人の物語。
尊敬する兄を失い、重い重圧を押し付けられながらも、運命を飲み込んで伝説になった少女の物語。
創造主を裏切ってまでひとりの老女を守ろうとした創造物の物語。
世界を滅ぼそうとして、失敗し、界を渡り宝石箱をに閉じ込められた哀れな魔術師の物語。
最後に、藤花が『優しさの手がかり』を手にしたところで目が覚めた事。
話す間、名づけ癖という妙な癖を親友に告げる事の抵抗はなかった。
そんな事よりも話を聞いて欲しかった。
そして、その感想が欲しかった。
一体、どんな感想が欲しいのかは分からなかったけれど。
「で、コレがその『優しさの手がかり』」
そう言って鞄から『優しさの手がかり』を取り出す。
「ふーん。まぁ綺麗だけど、藤花が言ってたほど凄くないね。何かそこらの土産物屋で売ってそう」
それは藤花も感じていた事だった。
「寝ちゃって、目が覚めたら何ていうか……凄みがなくなっちゃってたんだよね……」
夢幻の類のように、目をつむった闇の中にしか存在せず、目を開ければ消えてしまう。
それはまるで物語の中の存在。
『優しさの手がかり』自体も、物語に語られたただの伝説だったかのように。
「ネジはないんだっけ。蓋、開けてもいい?」
「うん。でも音しないよ」
「そうなの?」
「うん」
巴が蓋を開ける。音はしなかった。
「ふうん。藤花には悪いけどちょっと信じられないなぁ」
巴が言うのに、そりゃそうだろう、と内心思う。
藤花自身だって、いきなり巴からこんな話をされたらひく。
「ただし、藤花に創作の才能があるならね」
「――は?」
「こんな長ったらしい話、一朝一夕に思いついたら文豪になれるって。しかもこんなネジ取った宝石箱まで用意してさ」
にやりと巴が笑う。
「こんなに手間かけてあたしを騙す理由が分かんないもん。逆説的に信じてやろう」
無駄に偉そうにそう言った。
「……あーありがと」
「うわ、気のないセリフ!」
「いや……あんまり信じてもらえると思ってなくて……」
「あんまり信じてないけどね。癪じゃない」
腕組みした巴の言葉に眉をひそめる。
「……癪って?」
「えーっと北の英雄の話の最後の……それは物語の中だけの存在……? とかいうところ」
「あぁ……
それは物語の中の存在。それは子どもだけが讃える存在。
後になれば誰も信じず、後になれば誰もが笑い。ただ子どもだけが知っている。
そんな伝説でした。
……ってところ?」
くり返し語ったその部分を言う。
「そう、それ!」
巴が漫画のような動作でぽん、と手のひらを拳で叩いた。
「癪でしょ? 信じないとあたしがまるで子どもじゃないみたいで。こちとらまだ十四歳だっつーの」
それから、食べ終わったふたり分のトレーを重ねながら、巴が立ち上がった。
「ま、信じる信じないはともかくその骨董品屋行ってみようよ。で、その主人に『アンタ、ベイス・スターシア?』って聞けば良いでしょ?」
藤花は少し考える。
もう一度あの店主に会いたいと思っていたのは事実だ。
思ってうなずく。
そういう事になった。