ベイス・スターシア 3
気づけば、ベイスは狭苦しい部屋にいた。
部屋の壁を覆い隠すように、うずたかく様々なガラクタが雑然と置かれている。
無造作に積み上げられたそれらは、宝石箱の取り込んだ物語たちだった。
ベイスは呆然とそれらを見つめる。
――ここは宝石箱の中か?
そう思ったのもつかの間。
カラン、とドアベルが鳴り、誰かが部屋の中に入ってきた。
見た事のない肌と、髪と、目の色だった。
聞いた事のない言葉を話していた。
しかし、意味は分かるのだった。
その人物は――いや、人ではないのかもしれないが――ガラクタを抱えていた。
紛う事なきガラクタであった。
ひび割れた壺である。
ただし、本人はそれを抱えている事に気づいていないようだった。
「ここは――どこでしょう?」
こっちが聞きたい、とベイスは思った。
「俺は――」
しばらく黙っていたかと思うと、彼は突然身の上話をし始めた。
ベイスにとってはどうでも良い身の上話だった。
うんざりしたが、遮るのも面倒くさく、そのまま話すに任せた。
聞き流していると、話がぱったりと止んだ。
気づくと、ベイスの方が壺を持っていた。
話し終わってすっきりした顔をしたその男は、もう何も持っていなかった。
「あぁ、何か気分がすっきりした。何を考えていたんだっけ?」
などと独り言を言うと、部屋からさっさと出て行った。
不意に、ベイスは気づく。
この壺は今の男が置いていった物語だ――。
間違いなく、この場所は、宝石箱の中なのであった。
それから長い長い時間が過ぎた。
少なくともベイスにはそう思えた。
ここでは腹も減らなかった。
眠ろうとしても眠れなかった。
死を望みもした。
しかし、どんな事をしても死ねなかった。
痛みもなかった。
体には傷ひとつつかなかった。
ここは時の止まった空間であった。
ある日、ベイスは何気なくガラクタを手に取った。
その中でも、傷や妙なところのない綺麗な物を選んだ。
はじめに手に取ったのは、模型船であった。中にあったのは、赤髪赤眼の海の民の娘の物語だった。
次に手に取ったのは、リダールだった。中にあったのは、薬師の青年の物語だった。
次に手に取ったのは、仙女の羽衣だった。中にあったのは、自鳴琴職人の娘になって彼を慰めつつ、婚約者を待った仙女の物語だった。
次に手に取ったのは、東国の貨幣だった。中にあったのは、無からはじめてすべてを手にした商人の物語だった。
次に手に取ったのは、ティアラだった。中にあったのは、尊敬する兄を失い、重い重圧を押し付けられながらも、運命を飲み込んで伝説になった少女の物語だった。
次に手に取ったのは、骸骨だった。中にあったのは、創造主を裏切ってまでひとりの老女を守ろうとした創造物の物語だった。
最後に手に取ったのは、ちぎれた腕だった。
中にあったのは、ベイス自身の物語だった。
それから長い長い時間が過ぎた。
少なくともベイスにはそう思えた。
長い時間が経って、はじめてベイスは涙がこぼれた。
自分は今まで何をしてきたのだろうかと思った。
もう何ひとつ戻らなくなってはじめて、彼は己の作った創造物の気持ちが分かった。
それから、また長い時間が経った。
時折誰かがガラクタを持って来ては、それを置いていった。
覗くと、それは大抵辛い記憶だった。
忘れたくて、忘れたくて仕方ない。
それでも忘れられずに苦しむような記憶だった。
宝石箱が、なぜこの世に生まれたのか、その意味がベイスには分かった気がした。
ガラクタの中でも極めつけの薄汚く、今にも砕けちりそうなボロボロの自鳴琴の中を見たのである。
中にあったのは、自鳴琴職人の記憶であった。
暖かい家族。
愛しい娘。
そして、それをすべて無に帰した天災。
彼の前に現れた救いの仙女。
彼女と過ごした日々。
それでいて、ずっとついてまわった彼女が偽者だという記憶。
真実の家族を失った痛み。
それらを吐露する場所がほしかった、という気持ち。
結局彼は、宝石箱にその記憶を籠めはしなかった。
けれど、その感情の断片が、宝石箱のうちに残ったのである。
だからこそ、宝石箱の中は、その自鳴琴職人の家と同じ間取りをしていた。
元いた世界を脱して、宝石箱は初めて、最初に望まれた通りの力を手にしたのであった。