ベイス・スターシア 1
ベイス・スターシアは、西方王国の貴族の息子として生まれた。
嫡男ではない。第三子である。
慣例に従って、軍に入ったが、ベイスは不思議の力に興味があった。
明るい日向で訓練に励むのが好きな次兄と違い、書庫で頁を繰るのが好きだったのである。
魔術師だの錬金術師だのと呼ばれた人々は、ベイスがそれらを学び始めた時には、既にインチキすれすれの妖しげなものだと思われていた。
実際に力ある者も、強引な理論でインチキと決め付けられた。
種のない不思議を、種があると決め付け、それを実証する方法をひねり出した。
種が見つからないと、今はまだ発見されていない方法で種が見つかるはずだと難癖をつけた。
拍車をかけたのは、貴族だけでなく民衆の間にも広まりはじめた一神教である。
唯一の神を拝み、他のものはすべて異端と廃した。
本当に力のあった人々も、異端として槍玉にあげられ、インチキをしていた人々と、ひとくくりにされた。
異端とされた者は、酷い拷問にあった。
例えば水に長い間、頭をつけられる。力があるならばそれでも生きていられると言うのである。
そこで死ねば異端ではない、と分かる。
生きていれば異端として処刑される。
力があろうがなかろうが、裁きを下す側は一切考慮しなかった。
ベイスは、本当に力のあった稀有な例であった。
だが、異端として偽りを吐いたと責められた。
父が、我が一門から異端の徒を出すわけにはいかない、と金を積んだ。
ベイスは拷問もされず、一言「今まで私の言った事はすべて偽りでした」と言えば許されると言われた。
ベイスは死にたくなかった。
だから言われた通り、言った。
悔しくて、そんな事を言わせた奴らが憎くて仕方なかった。
なぜ、自分がこんな屈辱的な目にあわなければならないのかと思った。
いつか、報復してやろうと思った。
作り上げられた正義にあぐらをかいて、他者を断罪して喜んでいる連中に、罰を与えるのは自分だと思った。
だが、家に帰ったベイスを待っていたのは牢獄だった。
父が罵った。我が家から異端を出すなぞ考えられない、と。
母が嘆いた。私に恥をかかせようと言うのか、と。
長兄が怒鳴りつけた。馬鹿な事をして俺の出世に差し支えたらどうする、と。
次兄が嘲笑った。上手い事やってりゃ一生閉じ込められる事もなかったのに、と。
姉が眉をひそめた。下賤な子、と。
妹が困った顔をした。
お兄ちゃんともう口を聞いちゃいけないんだって、と。
ベイスの世界は、暗い石塀と、灯り取りと、食事を差し入れにやってくる侍女だけになった。
すべてを憎いと思った。
自分を否定する世間が。
自分を邪魔者にする家族が。
それを許す召使いたちが。
それを受諾する制度が。
それを許容する世界が。
食事を差し入れにきた侍女を、隠し持ったナイフで脅して、牢を抜け出す。
そのまま屋敷を抜け出して、安全な場所についてから、家族に呪いをかけた。
ベイスの血を媒介とした呪いである。
呪詛を吐く。
呪われてしまえ。穢れた血筋よ、絶えてしまえ。
死に絶えてしまえ。
その通りになった。
だが、世界への復讐はまだ成っていない。
ベイスはその方法をもとめて、世界中をさまよう事になる。