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カーラヴァス 4

 カーラヴァスが何も言えずにいると、女王は東屋(ガゼボ)を出て、カーラヴァスに近づいてきた。


 暗い中でもあまり近づけば嫌でも女王に顔を見られてしまう。


 そう思ってカーラヴァスが咄嗟に後退る。


 それに女王が不思議そうな顔をした。


「何故、逃げるの?」


「……俺は……醜い……から……」


 それが女王の「何故」の問いの答えになるかはわからなかったが、そう答えた。


 女王が笑う。


「外見が何? 何がそれをそれたらしめるかを決めるのは外見ではないわ」


 カーラヴァスには、意味がよくわからなかった。


「ほら、わたくしも貴方と同じ。しわくちゃの醜いおばあさんだわ」


 カーラヴァスが何も言えずにいると、女王は手が届くほど近くに歩いてきた。


「やっぱり、同じね。貴方のは縫い付けてあるだけ」


 全然違う、と思った。


 フェニスの方が綺麗だと思った。


 凛とした雰囲気。


 柔らかい表情。


 鋭い眼差し。


 そして、ちっとも年を取っている風に見えなかった。


 不意に、先刻女王の言った「何がそれをそれたらしめるかを決めるのは外見ではない」という言葉の意味が分かった気がした。


 女王の言葉通り、女王の外見はしわくちゃの老婆だったが、その心は老婆ではなかった。


 その瞳は老婆ではなかった。


 彼女は王だった。


 ただひとりの臣下も連れず、王の証たる王冠も被ってはいなかったが、己の良心に誠実で、己の心に黄金の冠を掲げた、真実の王だった。


 たとえその身にひとかけらの権力すら持たずとも、伝説(テンダー)のように、その存在こそが王だった。


 その(からだ)からは、「氷の」とあだ名されたような冷ややかさは感じない。


 ただそこにあるのは思いやりあふれる優しさと、思慮深いまなざしだけだった。


 それは一朝一夕に身につくものではなく、彼女の支払った苦難の代価を思わせる、深みを垣間見せるまなざしだった。


「どうかしたのかしら?」


 フェニスが尋ねる。カーラヴァスはその問いに答えなかった。代わりにこう言った。


「……宝石箱(オルゴール)は……要り……ません……」


 フェニスが少し目を見開く。


「わたくしは嬉しいけれど、貴方がお父様に怒られるような事は無いの?」


 怒られるだけで済まないだろう事は予測がついている。


 少しばかり足りないカーラヴァスの頭でも、すぐに分かる事だ。


 造られたカーラヴァスが、創造主に敵うはずもない。


「……大丈夫……です……」


 大丈夫だ。


 カーラヴァスは、自分も伝説になれると思った。


 随分と狭量な伝説ではあったが、フェニスから宝石箱(オルゴール)を取り上げる事だけはできないと思った。


 そんな事をしたら、フェニスの伝説が終わってしまう。


 じっとこちらを見ていたフェニスが、口を開く。


「それで、貴方はどうするの?」


「……父の……所に……帰ります……」


「ここに居ても良いのよ?」


 それはとても心地良い誘惑だった。


 戦う事なく、楽園のような世界で、静かに暮らす。


 心を折りたくなる誘いだった。


 けれども、フェニスのためにそれは出来ないと思った。


 だから、首を横に振る。


「……もう、……帰り……ます……」


「そう」


「……はい……。……フェニス。さようなら……」


 フェニスが顔をあげた。こちらを見る。


 息が詰まった。


「また会いましょう。カーラヴァス」


 もう適わないだろうと思った。


「……はい……また……会いましょう……」


 そう、答えた。


 それは、死を覚悟した者が、愛する者の為につく優しい嘘だった。


 それは、自分の為でなく、他者を想ってつく悲しい嘘だった。


 そしてカーラヴァスが彼女に告げた、最後の言葉だった。

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