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はじまり 3

 薄暗い店内には、照明すら置かれていない。


 今が夜ではないかと思いたくなるほど、闇が濃い。


 ガラクタのような壺や箱、洋燈(ランプ)骨董人形(アンティーク・ドール)


 おそらくは、骨董品屋のつもりなのだろうが、雑多に物が積み上げられ、雑然とした店内の「骨董品」は価値があるかないかさえ分からない。


 その中で、あの箱だけがショウ・ウィンドウに飾られていたのは、藤花にとって幸いだったのかもしれない。


 そうでもしなければ、きっとこのガラクタの山の中から、たったひとつの箱を掘り起こす事はできなかっただろう。


 藤花が視線を走らせれば、その最奥に暗闇に溶け込んで、老夫がひとり座っている。


 ぴくりとも動かないので、はじめは等身大の人形かと思ったくらいだ。


「……あの、」


 老人は答えない。


「……あの、ショウ・ウィンドウに飾ってある箱なんですけど……」


 老人がほんの少し顔をあげて、藤花の方を見た。


「どうやって入った」


 その低い声は唐突に聞こえて、藤花は思わずびくりと身をすくめた。


 あまり暗い中で老人がしゃべったので、どこから声がしたのか、よく分からなかったのだ。


 もしかして、まだ準備中だったのだろうか。


 思い返してみると、入り口の扉にはろくに注意を払わずに入ってきてしまった。


 準備中の札がかかっていても、気づかなかったかもしれない。


 だとしたら、老人にとって藤花はいきなり入ってきた不審者以外の何者でもない。


「すみません! 私『優しさの手がかり(テンダー・キー)』が売っているのかどうかを聞きたくて……!」


 あせって弁明の科白を舌に乗せきってから、藤花は、はっと口をつぐんだ。


「……テンダー・キー?」


 老人が聞き返すのに、顔がほてるのがはっきりと分かった。


「あの……つまり、ショウ・ウィンドウの箱を……」


 きっと妙な中学生だと思われている。いきなり商品に名前をつけるなんて……。


「私、何でも名前をつけちゃう癖があって、その、それで……」


「名前を、つけたのか?」


 どうしてか、老人が驚いたように目を見張った。


 やはり『優しさの手がかり(テンダー・キー)』は売り物ではないのだろうか?


 そう思うと、逆にどうしてもあの箱を手に入れたくなった。


 どうしても駄目なのか、尋ねてみよう、と藤花が思った瞬間――。


「――なら、」


 老人が急に立ち上がる。


「これはお前に渡る運命なのだろう」


 その手元には、『優しさの手がかり(テンダー・キー)』。


 不可思議な意匠。


 渦巻く紋様。


 薄明かりの中で、当たる光すら緻密に計算しつくされたのだ、と言わんばかりに螺鈿細工が輝く。


 受ける不気味な印象と、手に入れたいという暴力的なまでの衝動も同一のもの。


 あの箱と同じ物が存在するとはとても思えなかった。だとしたら、いつの間にあの箱は老夫の手元に現れたのだろう。


 誘われるように前に進み出て、老人の手から『優しさの手がかり(テンダー・キー)』を受け取る。


「これは螺鈿の宝石箱(オルゴール)だ」


「オルゴール?」


 螺鈿の模様を見つめながら、そのまま聞き返すと、老人から肯定の返事が帰ってきた。


 しかし、オルゴールにつきもののネジがつくような空間が、箱の下にない。


 箱の外側は、完全な長方体である。


 指でさぐると、側面に小さな穴があった。


 そういえば、先刻ショウ・ウィンドウを覗き込んだ時にも見た気がする。


 これがネジの穴だろうか。


 箱を横に向けて確認したかったが、すいつけられたように蓋の模様から目が放せない。


「その模様が気に入ったか?」


 老人はおかしそうに藤花に尋ねる。


 藤花が何も答えないうちに、老人が続けた。


「その模様は永遠の螺旋を象徴している。はじまりもおわりもなく、そこから出る方法はない。内に秘めた力は、正しい方法でしか使えない。いや、箱はただのきっかけでしかないのかもしれない」


 箱に目を奪われている藤花には、老人の言葉は単なる単語の羅列でしかなく、まったく意味が分からなかった。


 あるいは老人にしても、藤花に聞かせるつもりはなかったのかもしれない。


「これで帰れるのか、いや、消えてなくなるのか。いずれにしろ、自分で招いた事態だ」


 声が聞こえたか聞こえなかったかのうちに、突然バタン、と大きな音が間近でする。


 驚いて顔をあげると、なぜか目の前に扉があった。


 木製の薄汚れた扉。金の箔押しで文字が書いてある。


 骨董品屋の、扉だった。


「――え、」


 わけが分からず、取っ手に手をかけて、ガチャガチャと動かす。


 けれど、扉は何をしても開かなかった。


 いつの間に、扉の外に出たのだろう。


 そんな事も分からないほど、箱に気をとられていただろうか。


「……あ、お金!」


 代金を払っていないと思い出し、あわてて扉をたたくが、応えはない。


 藤花は、しばらく扉を叩いたり、呼びかけたりしたが、無駄だった。


「しょうがない……また明日来よう」


 ふぅ、と息を吐き、藤花は仕方なくそう呟いた。


 帰り際、横のショウ・ウィンドウを見る。


 日に焼けて黄ばんだ繻子(サテン)の中央には、そこだけ日に焼けるのをまぬがれた四角い跡。


 そこに、この箱が乗っていたのは間違いない。


 もう一度、固く閉ざされた木製の扉を見る。


 扉にはこう書かれていた。


 ――魔術師の城


 なるほど、確かにあの老夫には似合いの名だ、と知らず藤花は微笑んだ。

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