カーラヴァス 1
世に生きるほとんどの人間は、なぜ自分が生まれたかを知らないという。
カーラヴァスは、自分がなぜ生まれたのかを知っていた。
生みの親であり、名づけの親でもあるベイス・スターシアが教えてくれたからだ。
「北方王国の現女王、フェニス・R・リンクの部屋に螺鈿の宝石箱がある。それを取ってくるんだ」
それがカーラヴァスの存在意義だった。
生まれて、目を開けて、はじめて見た彼が、自分を「カーラヴァス」と呼んだ。
そして、自分がカーラヴァスの父親であり、カーラヴァスを造った者であると言った。
造った理由が、そのままカーラヴァスの存在理由だった。
カーラヴァスは、父の言うところによれば、人間とは違うらしい。
比類なき薬――そう、|寝室に入った優秀なる熟達を使って、硝子の小瓶から産まれた、私の忌まわしい子ども。腐敗から復活へ、無を火から逃げるものを火に耐えるものにする事をした、私のすべての王者の術の精髄。
父はカーラヴァスをそう呼んだ。
父に説明を求めたが、理解できたのは父が愚かな西の連中が異端の術と呼ぶ方法でカーラヴァスを造り、そしてそれは決して異端などではなく、世界を構成する真実の術であるという事だけだった。
「……なぜ……宝石箱を、欲する……の、です……か?」
半分縫い付けられた口――そうしないと顎が外れてしまうからだが――を不自由に動かして、カーラヴァスが尋ねる。
「私を拒絶した者に思い知らせてやるのだ」
「……宝石箱で……それが、できる……のです……か?」
「そうだ。螺鈿の宝石箱には、力がある。物語という人々の記憶と感情を喰らい、溜め込み、想像を絶する力を内に秘めているのだ。愚かにも普通の人間共にはそれが分からん。愚か者には無用の長物。ならば私が手にして、世界を作り変えてやる!」
カーラヴァスにはよく分からなかった。
そう言ったら、父には「腐った脳を使ったからかもしれない」と言われた。
それでも一生懸命考えて、言った。
「…………世界を、どう……作り変える……の、ですか?」
父は笑った。
「もちろん、私が愚かな人間共を排斥する世界にだ! 馬鹿馬鹿しい人間共め! 異端だと? 私の能力の素晴らしさにも気付かずに愚かな! 分からないものを切って捨てる事でしか保身のできない愚かな人類など滅びてしまうが良い! 私がいれば十分だ。私が、新しい世界を創り上げる神になれば良い!」
やはり、カーラヴァスにはよく分からなかった。
「……宝石箱が……あれば……良い……のです……か?」
「そうだ。早く取って来い。私は氷の女神だか何だか知らんが、忌々しい結界に阻まれて中に行けぬのだ。お前は造られた者で人間ではないから通れるだろう」
そう言われた。
そして、カーラヴァスは言われた通りに、北方王国の宮殿に忍び込んだのである。