フェニス・R・リンク 6
そう、伝説になった。
少年は、ただの人から生まれでて希望を胸に、戦い続けていた。
彼が戦いを挑んだのは、王の後継という立場だった。
思えば、殺されてもおかしくなかった妹を守るためでもあった。
愚かな王になるまいと、必死に知識を手にしていた。
そうして手にした知識だけが、彼の武器だった。
打たれても倒れず、なぎ払われても立ち上がり、血を吐いてもあきらめなかった。
けれど、夢幻のように、今はもう瞑った目の奥にしか存在しない。
兄は言った。
優しく、自分が傷ついても他者を助け。そして、絶対に諦めない。
そんな者に自分はなりたいと言った。
兄が守ろうとしたのは何だったのか。
見上げた窓から、北の空が見えた。
澄んだ青空。
その下には町並みが広がる。
兄の、守ろうとした国。
その広さと責任の重さに押しつぶされそうになる。
この時になって、ようやくフェニスには分かった。
兄がなりたいといったその存在に、フェニスはならなくても良いと言った兄の気持ちが。
「北を切り開きし、偉大なる初代テルニダ王の時代――」
北の英雄の物語を唱える。
伝説の少年のように、自分には神の加護がないかもしれない。
けれども、それでも。何の力も、何のとりえもないとしても。
武器はただひとつ、この身だけだとしても。
打たれても倒れず、なぎ払われても立ち上がり、血を吐いてもあきらめない――そんな存在になろう。
フェニスは、兄になろうと思った。
後の歴史家は言う。
北方王国最初の女王――氷の女王と呼ばれ女神と同一視されたフェニス・R・リンクが最も先進的だったのは、何より異国の言語を多く知っていた事だった。
翻訳という手間を省いてダイレクトにとどけられる情報が、彼女の何よりの武器だった。
しかし、十七歳という成人を迎えて一年経ったばかりの女性が、そんなに多くの言語を知っているはずもない、優秀な通訳がいたのだろうという説もある。
確かに、彼女はそれまで何の役にも立たないとたいした教育も施されなかったはずであり、この説はかなり有力だ。
何より、年齢を感じさせないほど、彼女は優秀であった。
周囲に彼女を支える有能な者が多かったのもあるだろう。
そういう意味では恵まれた女王だった。
だが、彼女は優秀すぎる。
これは他の王の偉業や、創作が年月を経て入ってしまったせいで生まれた超人伝説の一種だと考えられる。
それは遠い遠い昔から、どこの国でも語られて、どこの国でも一笑に付される、ただの伝説でした。
ただの人から生まれでて、闇が消えると同時に消え去る、ただの伝説でした。
夢幻の類とされ、目をつむった闇の中にしか存在できず、目を開ければ消えてしまう、そんな伝説でした。
絶望の中に希望を見いだし、誰もがあきらめてもあきらめず、ただそれだけで地に倒れず、だからこそ誰にも存在を信じられない、そんな伝説でした。
それは物語の中の存在。それは子どもだけが讃える存在。
後になれば誰も信じず、後になれば誰もが笑い。ただ子どもだけが知っている。
そんな伝説でした。
――彼女もまた、伝説になったのです。