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フェニス・R・リンク 4

 フェニスが十六歳になってしばらく経ってからの事である。


 当時、フェニスが兄に秘密で熱中していた事がある。

 兄が幾度となく語ってくれた北の英雄の話を暗記しようとしたのである。


 数年前、東の商人から買い求めた宝石箱(オルゴール)の中に、北の英雄の話が入っていた。


 それは西の言葉ではあったが、北の英雄の物語には違いなかったので、それを暗唱する事にしたのである。


 兄がそうしたように、何も見ずに語りたかった。


 ついに完璧だ、と思えるまでに暗記をしたフェニスは、ここ数日軽い病で寝込んでいる兄の元へ向かったのである。


 兄は喜んでくれると思った。


 実際に、もし完璧な暗唱をしてみせたフェニスを見れば、アルカードはとても喜んだ事だろう。


「アルカードお兄様!」


 フェニスが兄の部屋に行くと、珍しい事に父と母、それに多くの大臣たちや知らない人がたくさんいた。


「……ごきげんよう」


 一瞬ぽかんとしてから、兄に厳しく言い含められた通りに、作法に則り挨拶をする。


 誰も答えなかった。母は顔をおおって、肩をふるわせている。


「お兄様?」


 寝台に近づいた。天蓋の薄絹をかきわけ、兄を見る。


 肌がすき通るように白かった。


 見ない数日の間に、随分痩せていた。


 触れるとなまぬるかった。


 そして、肉という肉がそげてしまったように、固かった。


「お兄様?」


 普段ならばすぐに答えてくれる兄は、ぴくりとも動かない。


 ついに、我慢しきれなくなった、アルカード付きの女官が、フェニスを後ろから抱き締める。


「アルカード様は、お亡くなりになりました」


「嘘。だって軽いご病気だって聞いたわ。すぐ治るって聞いたわ」


 それこそが嘘だった。


 そう言って、アルカード自身がフェニスを遠ざけたのだと、後になってから聞いた。


 アルカードの葬儀は、大々的に行なわれた。


 フェニスも葬儀に参加した。


 とても現実とは思われなかった。


 次に大人たちがした事は、フェニスを広間に座らせて、大勢で集まって会議をする事だった。


 兄に聞いた時には何でも分かるように思ったのに、彼らのしゃべる言葉は何の事だか意味が分からない。


 ――最モ重要ナノハ、何ヨリモ血ノ純潔デアル。


 ――成人ヲ迎エテイルノガ不幸中ノ幸イダナ。


 ――否、女王等前例ニ無イ事ハ認メラレヌ。


 ――シカシ、女神ノ血ヲ引クオ子ハ一人ダ。


 ――次ノオ子ハ。


 ――無理ダ。巫女ハ既ニ子ヲ産メヌ躰デアル。


 ――別ノ巫女ヲ。


 ――巫女ハ一人ダ。他ニ巫女ハ居ラヌ。


 ――ナラバ、女王ヲ立テタ所デ巫女ハドウスル。


 ――王子ノ巫女ハ女ダ。使エヌゾ。


 ――今カラ育テルシカアルマイ。男ノ巫女ヲナ。


 ――否、其レ以前ニ女王等立テテハナラヌ。


 ――ダガシカシ、女神ノ血ヲ引クオ子ハ……。


 結論はでなかった。


 議論は長く続いた。


 三日三晩続いた。


 みな、寝食を忘れて議論した。


 そして、誰からも忘れられていたフェニスも、食べず、眠らず、ただ兄の死を悼んでいた。


 翌年、王が死んだ。


 王子と同じ病を得たのだ。


 フェニスは、北方王国最初の女王にして、最年少の王位継承者として玉座についた。

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