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フォア・ミン 2

「だが、これはろくに期待できんかもしれんな」


 嘆息するのは、それほど荒れ様が酷いからだ。


 彼の言葉に、地元の案内人と通訳、そして護衛兼世話係としてついてきていた者たちが大きく頷く。


 視線が、だから早く帰ろう、と言っている。


 フォア・ミンはそれを無視した。


 数十年どころの騒ぎでなく、数百年人が住まなければこうなるかもしれない、といった酷い有様である。


 木が腐り、そこここに植物がはびこり、動物のいた跡もある。


 主柱が無事なのが唯一の救いだが、この有様の中にあっては、かえって不審でもある。


 一瞬で崩れる事がなさそうなのは、家捜しをするつもりでやってきたフォア・ミンには好都合だった。


 しかし、ふもとの者の言い分によれば、数年前までは、確実にここに人が住んでいたはずなのである。


 それがある日、忽然と姿を消したのだ。


「気付いたらな、娘さんが薬草や山菜と引き換えに物を買いに来なくなったんだよ。で、ふたりで病気でもしてたら大変だと思って行ってみたら、ボロボロの家があるだけでよ。きっとあの綺麗な娘さんが仙女だったんじゃないかって専らの噂なんだよ」と言うのが、ふもとの者の言い分だった。


 仙女が山菜や薬草を口にするはずもないと思うのだが、ふもとの村人は大真面目である。


 あるいは、時に民衆は知らず真実を口にする。


 その類であるのかもしれない、とフォア・ミンは思った。


 朱塗りの、元は美しかっただろう戸口をくぐり、中を覗き込む。


 張り巡らされた蜘蛛の巣を払いのけると、厚くつもった埃の上に動物の歩いたらしい足跡が残っていた。


 構わず踏み込むと床板が大きくきしむ。底が抜けるかもしれないと思った。


 穴の空いた屋根から日が差し込んでいる。


 日差しの当っている先に、木製の木箱があった。


 赤い紙で封がしてある。


 それが、日の当っているせいか、封印の色のせいか妙に目を引いた。


 近づいて眺める。


 一抱え程度の箱である。


 大きいとも言えないが、小さいとも言えない。


 何やら文字の書かれた封印だけが、風化したこの屋敷の中で新品のように綺麗である。


 中を改めようとフォア・ミンが封に触れた刹那、微かな音を立てて、封印が引きちぎれた。


 そのまま火でもつけられたかのようにさっと灰のようなものになって、空中にかき消えた。


「――これは、」


 もしや探し続けていたものだろうか。


 思いながら、そっと木箱の蓋を開ける。


 中にあったのも、箱だった。


 ただし、無装飾で何の色気もない木箱と違い、上蓋にびっしりと螺鈿細工で模様が描かれている。


 不思議な模様だった。


 円を描くように渦を巻き、それでいてはじまりもおわりも見つからない。


 螺旋を描いたものかと言われれば、それもよく分からない。


 螺旋だと思って見ると、もう螺旋には見えない。


 円環かと思って見ると、もう円環には見えない。


 それでいて妙に惹きつけられる模様だった。


 一緒に絹の巻物が入れられていた。


 広げれば、はじめは西国言語。


 そして後半は、達筆な女文字で何事か書いてある。


 西国言語は読めなかったが、女文字の方は読む事ができた。


 そこにはこう書かれていた。



 ――この箱は自鳴琴(オルゴール)です。


   ただし、ただの自鳴琴(オルゴール)ではありません。


   人の声や、楽器の音を内に取り込む力を持った自鳴琴(オルゴール)なのです。


   内に取り込まれた力は、自鳴琴(オルゴール)の中にのみ存在する事になり、この世界での存在を失います。


   その上、自鳴琴(オルゴール)に入れた声や音はその楽器や、それを発した者の記憶からも消えてしまいます。


   これはともすれば、大変危険な自鳴琴(オルゴール)です。


   悪用する者が現れぬとも限りませんので、これをここに封じます。


   もし、万が一、封印の解けた時に、これを手にした者が悪意なく誰かの記憶を奪うという過ちを二度と繰り返さぬ様、使い方も同時に記しておきます。


   まず、声や音を取り込みたい時には自鳴琴(オルゴール)の螺子を巻き、蓋を開きます。


   取り込んだ声や音を聞きたい時には、自鳴琴(オルゴール)の蓋をただ開けます。


   螺子を巻いてはいけません。


   自鳴琴(オルゴール)の中に取り込んだ音は消える事はありません。


   ただ、蓄えていくのみです。


   この自鳴琴(オルゴール)が、願わくば誰の手にも渡らぬ事を。


   そして、万が一誰かが手にした場合も、願わくば悪用されぬ事を。


   切に祈ります――


       シェンニュイ

 


 フォア・ミンはその書き付けを幾度も幾度もくり返し読んで、最後に口の端を吊り上げて、さも嬉しそうに笑った。


 「良い物」を。


 それもとても「良い物」を拾ったと思ったのである。

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