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ミサト・ツユリ 4

「ですが、セイ様がこの自鳴琴(オルゴール)を恐れる理由は何ですか? 確かに不思議な力を持った不安定なものですが、恐れを抱く程の力はないように思いますわ」


 占いなどをするせいもあって、勘が鋭いのか、ミサトがセイに尋ねる。その様子は心底不思議そうだ。


「はじめ僕は、蓋の模様が素晴らしいので、ミサトへの贈り物にしようと思ったんだ……お金もあまりなかったものだから……」


 最後だけは視線をそらして、口早に言う。


「そう思って蓋を開けたら、中にこんな紙が入っていた」


「何と書かれているのですか?」


 ミサトが尋ねるのも無理はない。


 彼女は東国の言葉しか話す事ができない。


「この紙によれば、この自鳴琴(オルゴール)は、螺子を回して蓋を開けると音を箱の中に留める事ができるのだという。螺子を回さずにあければ、また聞けるのだ、と」


「それは珍しい自鳴琴(オルゴール)ですわね」


 感心してミサトが蓋を開ける。


 南国訛りのダミ声がした。


 次いで、カラル・ベラルで会った吟遊詩人のリダールと声。


 その店にいた客の声。


 最後に、セイの声。


「本当ですわ、セイ様の声がしました」


 嬉しそうにミサトが微笑む。


「その自鳴琴(オルゴール)は、箱の中に閉じ込めた音を、奪い取ってしまうんだ」


「どういう事ですの?」


「僕も、僕に話をしてくれた吟遊詩人も、箱の中に閉じ込めた分の声がすっかりどこかへ行ってしまったんだ。その箱の中で僕の歌う歌を、僕はもう知らない、歌えないんだ」


 ここに至って、ようやくミサトにも事の重大さが見えてきた。


 同時に、セイの気付いていない可能性までもを見抜く。


「つまり、この自鳴琴(オルゴール)は音を媒体に力を内に溜めてしまっているのですわね」


 あるいはそれは、死を恐れるあまり力を強く願った父の心が移されたその証なのかもしれない、とミサトは思った。


「だとすれば、この自鳴琴(オルゴール)を悪用しようとする輩が出ても不思議はありませんわ」


 言いながらミサトが思い浮かべたのは、まだこの時代には多かった魔術師、呪術師と呼ばれる者たちだった。


 言葉と旋律が力の媒体になるのは、昔から言い伝えられてきた事だ。


 しかしそれらはどれも一過性の物で、留め置けるものではなかった。


 それを蓄積できるとなれば、目の色を変えて自鳴琴(オルゴール)を得ようとする者が現れるかもしれない。


 瞬間、ミサトはこの自鳴琴(オルゴール)を壊してしまおうか、と思う。


 こんな物騒なものはないに限るからだ。


 そう思って蓋の意匠を見る。


 見れば見るほど、見事な意匠だった。


 円を描くように配された螺鈿は、円に見えて、渦にも見える。


 はじまりと思ったものがはじまりでなく、おわりと思ったものがおわりでない。


 螺旋を描くようにのぼりつめる紋様には果てがなく、時間を忘れる。


 描く事のできない永遠を体現したかのような美しい箱だった。


 壊すにはあまりに惜しい。


 それに、まだ力はさほどではなく、純粋な力である故に、周囲の影響を受けやすい。


 ミサトが管理すれば悪いものに転じる事もないだろう。


 螺鈿細工に指を滑らせ、ミサトは内心で思う。


 あるいは、これは感傷であるのかもしれない、と。


 ミサトの長い人生のほんの一瞬を共に過ごした父への、未練とも愛情ともつかない感傷なのかもしれない、と。


 ミサトは静かに席を立つと、自室の占い盤を持って帰ってくる。


 これからのこの自鳴琴(オルゴール)の運命を占う。


 ここで廃棄される運命なのか。


 まだ、何か成す事があるのか。


 セイはミサトのその様子を黙って見ていた。


 彼女の占いの腕前は素晴らしい。


 東国で彼女に会うまで、占いなぞ信じてもいなかったが、ミサトは運命そのものを自らが織っているように、先の事を見通せるのである。


 重苦しくセイにのしかかっていた罪悪感と、義務感と、恐怖心が安らぐ。


 その瞬間に、ミサトが盤を見つめながら告げた。


「この自鳴琴(オルゴール)は、音を封じる事を書いた注意書きを書き添えてこの家に封印いたしましょう」


 それからセイの方を向いてにこりと笑う。


「それがもっとも良い道であると出ましたわ」




 自鳴琴(オルゴール)は、かつて赤髪赤眼(しゃくはつしゃくがん)の海の民の少女がそうしたように、セイとミサトによって西国言語と東国言語で注意書きをつけられ、屋敷の奥深くに秘せられた。


 それは何年も何年も後になるまで、誰の手にも渡る事はなかった。

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