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ミサト・ツユリ 2

「セイ様、お待ちしておりましたわ」


 ミサトが笑顔を顔に浮かべ、気持ちの昂りのために頬を紅く、胸を大きく上下させて、それでも声だけは控えめにセイを迎える。


「……ミサト」


 対照的に、セイは幻でも見ているような目で婚約者を見た。


 目の下に黒く隈が出来ている。顔も青白く、とても健康には見えない。


 衣服の裾に見え隠れする体も、細い。何より、覇気がまったく感じられなかった。


「セイ様? どうかなさったのですか?」


 流石にいぶかって、ミサトがそう尋ねる。


 尋ねつつ、占い盤で見た時よりも悪いものの力が勝っているように感じた。


 おそらく、彼の不思議な態度もそのせいなのだろう。


 一体どこから、と見やれば、セイが不自然なほどにしっかりと握り締めている麻袋がある。


 袋の口を縛る紐をきつく手に巻きつけているために、片手が浅黒く鬱血していた。


「セイ様!」


 悲鳴をあげて、麻袋を外させようとするが、セイ自身がそれを拒んだ。


「いや! これは構わないんだ」


「では、袋には指一本触れないと誓います。ですから、どうか手当てをさせて下さいませ」


 そこまで言われて、セイもようやく諦めたのか、家の中に入ると麻袋から何とか手を離し、膝の上に置く事で妥協した。


 指先には壊死している部分もある。


 なぜここまで、麻袋から手を離す事が罪悪であるとでも言うように、麻袋を押さえつけなければならないのか、ミサトには理解できなかった。


 薬草を扱う仕事柄、けっして綺麗とは言えなかったが、器用に動くセイの指が、冷たく変色して、自分の意思が伝わらないのだというように力なく垂れているのは堪えられなかった。


「こうした怪我によく効く薬がありますのよ」


 言って、抽斗(ひきだし)から特別の薬壺を取り出す。


 父のどんな怪我にも使った事のない薬だった。


 一刻を争うような怪我をした場合だけ使おうと思っていたものだった。


 それを使っても、早く傷を治したかった。


 薬を丁寧にセイの指に塗りつけてから、清潔な布で手早く覆った。


「セイ様。一体、道中何があったのですか? セイ様と共に何かがここに来たと、占い盤が言っているのです」


 姿勢を正してそう尋ねれば、セイが身を固くする。


「……君にはその占いで、僕の持ってきたものが何か分かるんじゃないのかい?」


「いいえ、それが持ち主によって性質の変わる不安定な存在である事は分かりました。でもそれだけです。それ以外は分からないのです」


「……これは悪いものなんだね?」


「いいえ、セイ様が悪いものだと思っているのです」


 セイが顔をしかめる。


「その何が違うんだい?」


「何がそれをそれたらしめているかが違うのです」


 言ってから、少し抽象的かもしれないと思って、ミサトは付け加える。


「セイ様がそれを良いものだと思えば良いものになりますわ」


 端的に言えば、つまりそういう事だった。


 重要なのは物ではない。


 それをどう扱うかという、扱う側の問題だった。


「これをとても良いものだとは思えない」


 セイが拳を握り締めてうめくように、声を絞り出す。


「……セイ様。何があったかお教えいただけますか?」


 セイがただ首を振るので、ミサトはそこで追求を諦めた。


 セイがミサトの家を訪れてたったの数日で、壊死まで起していた手指は不思議とすっかり治ってしまった。


 それと引き換えのように、ミサトの父が眠るように息を引き取った。


 占い盤の示した通りであった。


「私の願いを叶えてくれてありがとう、ミサト」


 というのが、彼の最期の言葉だった。


 死期を予感しての言葉だったのだろう。


 ミサトとセイは喪に服し、喪が明けてから晴れて結婚をする段取りが決まった。


 結婚といっても大仰なものではない。


 東の国の風習に倣って、一晩を共にして互いの帯を交換し合い、食事を共にし、更に西の国の風習に倣って、互いの指に指輪をはめるだけである。


 けれど、その頃になってもセイの表情が明るくなる事はなかった。

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