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ミサト・ツユリ 1

 ミサトは、自鳴琴(オルゴール)職人の娘として生まれたわけではない。


 父が道楽の自鳴琴(オルゴール)作りなぞを始めてしまったので、自鳴琴(オルゴール)職人の娘と名乗っているのだった。


 もっとも、こんな山奥で若い娘と老父がふたりきりで暮らしているのであれば、多少変わった職種の方が良いのかもしれなかったが。


 山奥といっても、森の木々深いところではない。


 水こそ豊富ながら、木々深い森より更に上に位置する、潅木がまばらに生える山肌の露出した高山地帯である。


 そこに一体誰が建てたものか、こじんまりとした、だが立派な屋敷が居を構えている。


 ここがミサトの家だった。


 父のために森の方まで下りて山菜と薬草を摘み、帰ってから占い盤を見下ろすのがミサトの習慣だった。


 見下ろした盤には、普段と違う兆候が見て取れる。


 北西から、ミサトの待ち人が現れる兆候だった。


 思わず、頬をほころばせたミサトだったが、その直後、待ち人に悪いものがかかっているのを感じる。


 否、別段悪くも良くもない。ただ、今は悪いほうに傾いているものだ。


 何だろうか、と考える。


 ミサトが待ち人であるところのセイ・ディルナークと結婚を約したのは三年前。


 結婚の約束が反故される兆候が占い盤に現れた事はない。


 その先にしても同様の事。


 ミサトとセイは、セイが死ぬまでふたりで暮らすはずだった。


 じっと、悪いものを見つめる。


 正体を見極めようとするが、それは酷く曖昧で力があるようにもないようにも思える。


 ただ、酷く不安定で、性質が持ち主に左右されるようだというところまでは見て取れた。


 なぜなら、セイがその「モノ」と移動するたびに、気配が揺れるからである。


 ミサトは窓辺により、辺りの鳥たちを招いた。


 大小様々な、種類関係なく、辺りの鳥が一斉に集まってくる。


「誰かわたしの大切な人を迎えに行ってはくれないかしら?」


 ミサトの声に、くちばしの赤い鳥が一羽、威勢良くふもとへ向かって飛び出していく。


「ありがとう、宜しくお願いするわね」


 この辺りは山の奥で、ともすれば霧や靄のかかる場所だ。


 ミサトならばともかく、他の者では迷いかねない。


 現にセイとも、セイが薬草を探して山に踏み入った時迷ってミサトの家までたどり着いたのだ。


 父がふもとの人とも交流があるので、一応道らしきものはあるが、それも地元の者が晴れた視界のいい日にやっと通れる程度のものである。


 ならば案内を出す方が安全というものだった。


「父上様。もうすぐセイ様がいらっしゃるわ」


 採ってきた山菜と薬草、そしてふもとで買った穀物を煮込んだものを父の元に運ぶ。


 父はこの三年の間にめっきり老け込んで、もはや寝台を立ち上がる事もできなかった。


「そうかい。良かったね……ミサト」


「ええ、だから父上様も早くお元気になって下さいませ」


 言いながら、父の背中に柔らかい布を押し込み、体を支えるようにして、食事を父の手元に置く。


「ありがとうよ、ミサト」


 言った後、気のせいのような小さな声で父が呟く。


「……ミサト、私はあとどの位生きられるんだい?」


「それはわたしの決める事ではありませんもの。分かりませんわ」


 はぐらかすように言う娘に、父が視線を向ける。


「お前の必ず当る占いにもそう出ているのかい?」


「いいえ、」


 ミサトは正直に答えた。


 父は、セイがこの家を訪れて数日の後に眠るように死ぬ。


 それはもう決まっている事で、覆らない。


「この年になってまで見苦しく思うだろうがね、私は死ぬのが嫌なんだ。ここでずっとお前と暮らしていたいんだよ」


「わたしもですわ。父上様」


 ミサトは微笑みをもってそう応えた。


「……人間というのは馬鹿馬鹿しい生き物だね。どんなに献身的に、どんなに親切に接してもらっていても、疑りの心を持つ」


「ならばここで胸を開いて、気持ちを取り出して見せれば分かっていただけますかしら?」


 ミサトのこの問いに、父が苦笑した。


「それに肯、と応える輩には、そうしてやってもまだ裏があると疑るに違いない。そんな輩にそこまでしてやる必要はないよ」


 窓の外で小鳥がさえずる。


「セイ様がいらっしゃったようですわ」


「長旅でお疲れだろう、早く体を休ませておやり」


「ええ、分かりましたわ」


 娘が出て行くのを見送って、父親は窓辺で毛づくろいする小鳥を見る。


「ありがとうよ」


 けれども、その言葉は、小鳥に通じたようには思われなかった。

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