セイ・ディルナーク 3
語り終わった吟遊詩人に、側にいた船乗りが文句を言う。
「おいおい、そんなお上品なのじゃなくてよ」
「そうだそうだ、そんなつまんねぇ話はやめだ! そうだ、ヴァルク王の話にしろよ!」
はやし立てる声に、吟遊詩人の同意の声が響いた。
リダールが鳴る。
「南国の暴君として悪名高いヴァルク王! それを影で操る者がいる事はご存知か?」
「当たり前よ! 悪女バキタ王后の名前を知らない奴ァいねぇ!」
「そう! ヴァルク王の側室でありながら、王后と名乗るバキタといえば稀代の毒婦!」
と、吟遊詩人。
間をおかずにセイの隣にいた男が声を上げた。
「そうだそうだ! ヴァルクの犬どもはそんな事はねぇ、とわめきやがるが、誰でも知ってらァ!」
「おい、うるせぇぞ、黙って聞けねぇのか!」
別の者が怒鳴る。
声の途切れた一瞬の間を突いて、吟遊詩人が語り出す。
「では、そのバキタ王后に背き、殺された哀れな宮廷絵師の話をしよう」
吟遊詩人の指が、弦を爪弾いた。
絵師は、ミーザオルあたりで名の知れた絵師でした。
彼の絵がバキタ王后の目に留まり、宮廷絵師として召抱えられました。
不運な――そう、とても不運な事に彼は大変な美青年だったのです。
絵師を宮廷へと召し上げたバキタ王后は、絵師を誘惑しました。
バキタ王后は妖しの術を使い、正室に王子ができない事を知っていたのです。
第一王子を産んでいたバキタ王后は、正室側室限らず、第一王子を次王にするとヴァルク王に約させ、次代の国母の地位を固めました。
欲しいものは何でも得てきた王后は、今度は美しい若者との戯れを望んだのでした。
しかし、絵師には愛する妻がおり、彼は最後までバキタ王后を拒みました。
王后は怒り、絵師にあらぬ罪を着せ、処刑を行いました。
その処刑法というのが、後々までの語り草になるような残酷極まりないものでした。
まずは絵師の足の爪をはぎ、手の爪をはぎ、手足の皮をそぎ、肉を焼き、骨を砕きました。
両手両足を切り落とし、犬に喰わせました。
けれど、何より残酷な事に、バキタ王后は絵師の美しい顔には、毛一筋の傷すらつけさせなかったのです。
絵師の苦痛にゆがむ顔を整え、死に化粧を施し、体は野に打ち捨てて野獣に喰わせ、首を銀の盆に載せ、妻の元に送り返したのでした。
哀れな絵師の妻は、夫の首を抱え、海に飛び込んでしまったという事です。
語り終えた吟遊詩人が不意に声をひそめる。
「このようにバキタ王后は気が多くていらっしゃる。バキタ王后の実子、ジオール殿下には黒い噂があるのです」
吟遊詩人はあたりを見回し、殊更に声をひそめた。
「――かの、王子は……そう……ヴァルク王の――お子ではないのではないかと!」
ふっと息をつく。
「時の大臣、貴族デアグロ閣下におかれては、豪奢な金の髪でいらっしゃる。西の血が混じっておられるのです。ヴァルク王の髪は漆黒、バキタ王后も、褐色の肌に黒い髪でいらっしゃる。ジオール殿下のご容貌は――?」
「褐色の肌に金髪だ!」
誰かが叫んだ。
「ヴァルク王はバキタ王后にまるめこまれていらっしゃる。王を悦楽にひたらせ、政治から遠ざからせ、デアグロ閣下に全権を移し、王は王后と臥所で戯れられる。ヴァルク王は、ご自分の息子もお分かりにならないほど、目がくらんでらっしゃる!」
「そういえば、俺もこんな話を聞いたぞ――」
吟遊詩人の近くにいた男が、やはり小声でそう言った。
「――そのな、俺の馴染みの女の知り合いがヴァルク王の側室の女官の知り合いだとかでな……」
ひとりが語り終わるごとに、俺も俺も、と言い出す者が出て、この秘密の情報交換は思いのほか長く続いた。
最後に、吟遊詩人が南の辺りで流行っているという曲を披露してみせ、その夜はお開きになった。