はじまり 1
この物語は、とある作品の中に登場する概念を下敷きに作られています。ご存じの方であれば、当該箇所が出てきた瞬間ピンとくることでしょう(笑)
ですが、当物語の中には下敷きにした物語のキャラクターはもちろん、世界設定やら何やらの諸々の設定は登場いたしません。なので、ファンフィクションとは言えません。その為、ジャンルを「ファンタジー」とさせていただいておりますので、ご了承下さい。
当然、該当作品を知らなくても大丈夫ですし、その作品とは物語があまりにかけ離れているので、作品名も出しません(完結後の後書きには書こうかと思いますが)。
私は、下敷きにした作品が大好きですので、パクリのつもりもファンフィクションのつもりもない事を、ここに断り書きさせていただきました。
それでは、稚拙な作品ではございますが、お楽しみいただければ幸いです。
〜螺鈿の宝石箱〜
高く澄んだ秋の空に、雲が浮かんでいた。
教室の窓と、体育館に切り取られた空は、それでも広く見える。
どこかから、遠く生徒の声がした。
ちょうど区切られた空の中央辺り。
太陽の近くにある雲が、蛋白石のように煌いている。
五色の雲は、吉祥とされ瑞雲と呼ばれているのだと、以前母に教わった。
「綺麗……」
呟いて、息を吐く。
「藤花!」
だから、そう呼ばれた時も、藤花はすぐに反応できなかった。
「何ぼーっとしてるの! 中二C組、長野藤花!」
可愛いと称するには、少々甲高すぎる大声で藤花を呼ぶのは、藤花の親友である桜井巴だった。
「ちゃんと聞いてるよ、巴」
そう言って、空を指差す。
「ほら、あそこ。瑞雲」
「ズイウン? ……あ、綺麗! アレ、ズイウンって言うんだ」
へぇ、と巴が感心したように声をあげる。
「写真に撮っておきたいな」
あまりに綺麗なので、藤花がそう呟く。
「あたしは絵に描きたい」
巴は流石に美術部員らしい事を言う。
「コンクールに出す絵の構想、決まった?」
近頃、その事ばかり気にしている巴に藤花が尋ねる。
「それはまだ」
鼻の頭にシワを寄せて、巴が答える。
「それより藤花。今日先に帰ってて、部活の用事ができちゃってさ」
「いつ終わる? 待ってるよ」
「あーうん、じゃなくて……買出しだからさ」
ごめん、と巴が両手を打ち合わせて頭を下げる。
「ミスドのハニーディップで手をうってあげる」
言うと、巴が苦笑いした。
「本当にハマってるわねー」
「税込み九十四円でお手ごろ価格でしょ」
「二〇八キロカロリーでエネルギー摂取も、とっても合理的ね」
「ハニーオールドファッションが好きな巴に言われたくない!」
巴と一緒に笑いながら、藤花は一瞬で鼓動の早くなった胸元を押さえた。
危うく、言ってしまうところだった。
ハニーディップの代わりに、別の名前を。
――金露糖果。
藤花の中でその名前は、藤花の好きなドーナツの名前になっている。
藤花には奇妙な癖があった。それは、『名づけ癖』である。
例えば、今日の気分は『すがらのアルファルド』
例えば、今日の天気は『青天波行』
例えば、今日の朝食は『クリア・ネイプルス』
それらは、どこからか降りてくるように藤花の中に居座って、頭から離れなくなってしまう。
藤花の中ではその名前が絶対で、他にはどんな名前もありえない。
小さな頃は、自分の勝手につけた名前で呼んで大人たちを困らせていたが、最近はしていない。
それが奇妙な事だと、分かったから。
普通は、気分や、天気や、物に、自分で勝手に名前などつけないのだと分かったから。
それでもたまに、さっきのようについ口を衝いて出てしまいかける事がある。
それはおかしな事だと、分かっていたから。
――親友の巴にだって、言えるはずがないのだ。