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アスカが召喚されたときのお話です。
気が付いたらここにいたんだ。前触れも何もなく、いきなり。瞬き一つ分の時間があったかどうか。
今日は金曜日で、明日は土曜日。全国大会は私のいるところで行われるから遠征する必要もなく、最終練習にと道場に向かう途中だったのに。
あまりにも唐突に変わった景色に周りをキョロキョロと見渡す。だけど人がいる気配はなく、その場所は静まり返っていた。眩しいほどの白で統一されている場所。
外を歩いていたはずの自分がなぜこんな、室内にいるのか。
「あのー」
誰かがいたら良いのにな、ぐらいの気持ちで少し大きめに声を出してみるものの返ってくるのは建物から反射して戻って来た自分の声だけ。
「誰か、いませんか」
もう一度、同じように声を出してみるものの返ってくる他の声はない。
「ははっ」
次いで口から出てきたのは、乾いた笑いだけだった。
道場に向かう予定だったので、今持っているモノは竹刀、と籠手や面など。携帯はこういう日に限って家においてきてしまった。気付いた時に取りに帰ればよかったかも。身につけているモノは一般的に剣道をするときに身につける胴着。
家に連絡しようにも連絡する手立てがない。
建物のの外に行こう。
壇上のような場所から五段ほどある階段を下りて、適当に進んでいれば、柱の隙間すきまから草花が見える。
「はは~、こんなところ私の家の近所にあったけ?」
社会の教科書でみたどっかの宮殿みたいな場所。
「あるわけないと思うんだけどな~」
一人ごとでもぶつぶつ呟いてないと眼に涙が溜まってくる。身近な人には剣道している時だけが最強の飛鳥ちゃん、なんて揶揄されたこともあるほど本当は怖がりだ。お化け屋敷だって、入る前は楽しんでるけどいざ入ると腰が抜けて動けなくなるそんな迷惑な人種。兄さんの後ろにも未だに隠れることが多い。あっでも、決してブラコンではありませんよ!ただそこにちょうど良く立っているので盾代わりにしているだけですから!!
どうしてそんな私が剣道で強くなれたのかは分からない、とりあえずこんな私の唯一の長所が剣道だったと言っても過言ではない。だから尚更打ち込んでしまったんだと思うけど。こんなに強くなれるなんて私含め家族は誰も思っていなかっただろう。
「知らない場所で、一人なんて無理だよ」
歩いてもあるいても動物の一匹も出てこないし、人の声もしない。あるのは草花。
「こまった…こまったよ。これは本当に、困ったかもしれない」
立ち止まって空を見上げれば、今までと同じように空中に漂っている様に見える太陽。
「誰だ、なぜここにいる」
「は?」
誰もいないと思っていたところへのなにかのの声だ。ボーっと太陽を見つめていた視線を下に戻す。でも太陽を見続けていた視線で直ぐにそれがなんなのかわからない。徐々に視界がクリアになって、足があって、腕があり、洋服を着ていることが確認できた。そして、その人が随分目の前まで来ていたことに気付く。
身長が高くて普通に顔を前に向けていたら顔まで視界に入らない。なのでちょっとだけ上を見上げる様にしてその人を見る。
「ひっ!」
「ひ?」
私の発した言葉をいぶかしむ様にその人は眉根を寄せる。
「ひとだ~~~~~~~!!!!!!」
持っていた竹刀も何もかもを放り出して私は駆けた。
この時私は本当に怖かったのだ。
もしかしたら、ここには自分しか居ないのかもしれないと思うほどに。
だから、夢じゃないと確かめたくて抱きついた。ただ私が抱きついても私の両手はその人の身体を回りきらなかったけど。それでも、ぎゅうぎゅうとその人に抱きついた。
相手からしたらこの時の私は不審者でしかなかったらしいけど。しかも、いきなり抱きついてくるものだから対処のしようがなかったとも言われた。
「おい!」
「よがっだ~」
せっかく止まっていた涙がその人の出現によって決壊が崩壊してしまったらしい。
「私はヴィンセントと言います。貴方はどうしてあそこをうろついていたのですか?」
「わかりません」
あの後、なだめるように背中をさすってくれたのはこの人。涙を止めるのには時間がかかって止まった時に彼の来ている洋服を見ると涙と、おまけと言わんばかりについでに鼻水まで置いてきてしまっていた。
さすがに着替えたいと思ったらしくヴィンセントの着替えが置いてあるとのことでここまで来た。そして温かいミルクを入れてもらって大人しく座っていろと言われたので座っている。
外で待っていろと言われたものの、せっかく発見した人類だ。そうやすやす見えないところになんて行かせられないと、無理をいって私の方が一緒に部屋にはいってしまった。のはもう後の祭りだ。
気が動転して忘れてたんだよ。この人が着替えるためにここに来たということを、すっかり!まあ、眼を瞑っている内にさっさと着替えてくれましたが。
「あそこに気が付いたら、いた。ということですか?」
「…うん」
来た。というより、居た。
「……」
「…座ります?」
わけがわからないという様に何も話さなくなったヴィンセントに自分が座っていた椅子を譲ろうかと立ち上がろうとるすと、手で制される。
「たっいちょーさーん」
固い雰囲気の中に聞こえた声は救いの声の様にも聞こえ、そして扉が返事も聞かぬうちに開かれ、二人目の人類が現われる。
私はさっきのように抱きつこうと温かいミルクを側において勢いよく立ちあがり走ろうとした瞬間、何かによって身体の中央辺りから逆の方向に引っ張られた。
「「えっと」」
それはそれは、綺麗に二人目の人類さんとハモってしまった。
「行かなくていいですから、大人しく座っていてください」
それだけ言うと腰にまわされた腕が外されて、今まで私が持っていたミルク入りのコップを持たされる。
「で、トルテ。御苦労さま、宰相は何と?」
「…これでいいって、で――。」
ヴィンセントと話している間もトルテと呼ばれて人がわざとらしく視線をチラチラと送ってくる。
「で…あの子は」
話が終わったようで、最終的に気になった私のことを聞く気になったようでひくついた笑みを私に向けつつきいていた。
「ああ、いた」
「いたって!!なに、どこに!?拾ってきちゃったの??」
『いた』って…。確かに居たけど…。トルテが焦るのも分かるかもしれない。
「あ~。拾ったのか?」
「…さあ」
最後に疑問符が付いていたように思って彼の顔を見ると視線があったので適当に答える。
「さあって、だってヴィンセントが女の子を部屋にいれてるんだよ?そこからでもおかしいのに」
ひいぃ。っとまたしてもわざとらしく両腕を組んでさすりだす。
「おっ俺何も見てないから、お嬢さん。じゃ!!!」
片腕をあげて、持ってきた書類を机の上に置くと早足で扉の方に踵を返す。
「あっおい、トルテ!!!」
なにかを思ったらしく、ヴィンセントはトルテを捕まえ様と動き出す。
「ひいぃ、追ってくるな~。みっみんなに言わなきゃ!!!」
バタンッと扉が勢いよく閉まる。
あれ、何も見てないって忘れるわけじゃないんだ。
「ねえ、私ってどうなるの??」
明日は剣道の試合なんだ。出来れば、帰らせてもらいたいんだけど――。
というか、ここはどこ?