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それから私は、シオン付きであった侍女のシーラを呼びつけ、彼女が信頼できるものを数人、世話をするように頼んだ。
ただ、シオンは何度会いに行っても以前のように笑いかけてくれることはなく、常に何かに怯えている。あんなに懐いていたシーラに対しても心を閉ざしてしまっているという。
だから、完全に壊れてしまう前に、まっさらな状態に戻してしまおうと思ったんだ。そうすれば、また前みたいになれるんじゃないかって勝手に思った。
ルークに無理矢理頼んで記憶を吸い出してもらったんだ。
「捕まえたよ…アーリア」
私は望み通り一生君の側にいて、捕食しよう。
「カルス?」
私の発言に今まで満面の笑みを浮かべていた顔が一瞬歪む。
「アーリア、君には私が個人的に建てた別宅に行ってもらう。金輪際王宮に入ることも禁止だ」
部屋の中に漂っていた甘い雰囲気が一瞬で消える。
彼女の一筆を貰うだけの作業は終わった。目的は終了。そのために構いたくないこの女を外に連れだしたり、急に結婚話を持ってきても疑われないように、甘い言葉を吐き続けてきた。全部この為だけに。
「カルス、どういうこと?私は王妃になるのよ?」
「え…そうだよ。王妃にしてあげる。ただそれにちょこっと条件があるだけだよ」
ああ、楽しい。
私の身勝手な復讐の始まりだ。一生逃がさない。
「大丈夫。これでちゃんと私との結婚は受理される。今は、ライアン様が私の後ろにいるから反対する臣もいない。もちろん、君の父上も反対出来ない様に根回しは済んでる。条件っていうのは、君が私の意見に文句ひとつつける権利がないとか…見てみる?」
そういってアーリアが署名したばかりの巻物を開いて見せる。アーリアがもし変なことをしたとしても近くに立っているヴィンスには、どんなことをしても巻物を死守しろと伝えてある。命令は絶対、従うだろう。
読み進めていると、アーリアから唸り声のような声がどんどんと漏れてくる
「カルス!!!!」
「だ~め」
焦ったアーリアが巻物に触れようとする。
「私を怒らせたのは君だよ~」
子どもの頃よく母に威厳がないと注意された話し方をわざとして見せ、クルッとステップでも踏むように近くに立っているヴィンスの方を向く。
「ヴィンス連れていけ。目障りだ」
「カルス!!!どうしてっ!私を愛してるんでしょ!!!そんなに…そんなにあの女が良かったの!?」
「そうだ」
「私が…彼女に酷いことをしたから?」
「アーリアの得意な魔法が変化の能力だとは知らなかったよ。そして、その能力を使って巫女姫にまで化けていたなんて。誇り高い一族の人間だと思っていたのにね」
あの場所にシオンを閉じ込めたのはこの女。
「私は、彼女が欲しかった。」
もう軽々しく呼べないシオンの名前。心の中で呟くことだけは、許して欲しい。
「彼女が平和に暮らせるように、だけどもういない。ま、奥さんの企みに気付けなかった私のせいなんだけどね」
見たくない。見たくない!!これ以上、この女もそして――。
「彼女といると心が温かくなった!!!」
蒼い髪に、受け継がれなかった能力。王妃であった母は私を愛してくれなかった。そんな私を温かく見守ってくれた存在。頑張ろうと思えた。
「っいないんだよ!!!!!」
叫ぶまい、そう思っていたのに…。
「それなら。私が!!カルス私が!!」
それだけ言って、アーリアはまるで可笑しいものでも見たという様に固まっている。
きっと私が笑っているからか。こんな時なのに不謹慎にも口角が上がってくる。
「君が?もういいよ、連れていけ。」
カルスは美しく笑う。
「いつか会えると良いね、私の奥さん。」
左手をヒラヒラと振るその姿はとても美しかった。
アーリアはヴィンスに拘束される様にして扉の外に連れて行かれると、待機していた他の兵に引き渡される。
そこで泣き落としでもしようというのか、何かを懇願するように「おねがい」という声が聞こえて一向に遠ざかる気配のない声に出て行った扉を思いっきり叩く。
次の瞬間聞こえてきたのは呪詛のごときおぞましい言葉。
でも、どれも許さない。発狂することも、自殺も許さない。誰かに死を請うことも…。
ただ、その声も徐々に遠ざかり、静かになった時誰かが入ってくる。扉の方に目を向ければ今代の『巫女姫』
「…カルス」
「どうしたの?アスカ」
常の彼と同じなのに、でもどこかいびつに歪む笑顔。
「見ても?」
指差された先にあるのは机の上に放り投げる様にしておいてある巻物。
「どうぞ」
手にとってそこに書かれている文章に目を通す。
確かにそれはアーリアとカルスの結婚を証明するもの。
ただ、読み進めていくと結婚するうえでの条件の様なものが延々と書き記されている。
アーリアはルカディアの王に逆らうことは出来ない、夫であるカルスにも。
王宮には二度と足を踏み入れず、そして王都に近づくことも…。離婚することもアーリアからは望むことは出来ない。
その後も文章は延々と続いて行く。
そのほとんどがアーリアの行動を制限するもので、重箱の隅をつつかれても良いようにか何通りにも言い方を変えて記されている文章。
「アスカごめんね。侍女とっちゃって」
「いや、もう…」
私はヴィンスの家に行くことが決まっているから。とは言葉が続かなかった。
王は頭を抱えて丸くなり、まるで涙を堪えている様に見える。アーリアに一生を賭して復讐を誓った王。いつか、この心が溶けてくることはあるのだろうか。
「あと…三年。私は王でいる」
「うん」
「サリューには見聞を広めてもらう期間のつもりなんだ」
「うん」
「サリューに王位を譲って…そしたら、」
「どうするの?」
「――サリューは良い王になる。リアリリス様も、ライアン様も付いてる。それに、民の気持ちに気付いてあげられる良い王になると思う」
「うん」
会いたい。本当はずっと一緒に居て欲しかった。
あのときシルバ様に渡すぐらいなら、あの渡す直前もしシオンが私を選んでくれていたなら、きっと私は全てを放り出した。叶わなかったけど。
だから、せめてシオンを苦しめた元凶である私とアーリアを封じ込めるよ。
色々、文句を並べすぎて何を書いたのかも朧になってしまった結婚という名のアーリアを拘束する巻物。
アーリアも、私もきっと一生シオンの前には現れないから、安心してほしい。
私には君だけだと思う。
旋律の巫女姫、シオン。
平穏と安寧の巫女。
ただ、シオンが欲しかった。