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僕はお母様が大好きだ。
僕とお母様二人だと、よく怖いお顔をしてるお母様だけど、他に人がいるとお母様はとっても僕に優しくしてくれる。
ニコニコ笑いかけてくれるんだ。僕と同じ蒼い髪のお母様。
お母様は女の人だから髪を伸ばしていても良いんだって、でも僕は男の子だからってすっごく髪が短い。
僕もお母様みたいに綺麗で長い髪をしてみたいのに。
「おかあさま~!!」
たくさんの人を連れたお母様が僕のいるほうに歩いてくるのが見えたから、泥で汚れた洋服と麦わら帽子という格好だったけど、大きな声で手をぶんぶん振りながらお母様を呼ぶ。
庭師の人が綺麗に整えてくれている場所の端っこの目立たない所に庭師の人が僕用のスペースを作ってくれて、僕はそこで名前もわからない花を毎日せっせとお世話をする。
お母様は贈り物の花を見るだけで、そのまま皆に捨てるようにっていうからそのお花を僕が貰った。枯らしちゃうのは、かわいそうだから。
たくさんの人を連れたお母様は僕の方を見て綺麗な顔で笑って、僕のいる方に足を向けてくれる。だから僕も走ってお母様のところに向かう。今は汚い格好だからお母様に抱きついちゃいけない。僕がお母様に抱きついていいのは、綺麗な格好をして他に大勢人がいるときだけ。だから、お母様に抱きつける二歩ぐらい手前で止まる。
「どこにいかれるんですか?」
王座についたお父様は忙しくてなかなか会えない。
お母様はお部屋に引きこもりがちだからこんな場所で合うのは珍しいから、つい聞いてしまった。
「今日はお茶会に誘われたのよ。カルス、お花を摘むのもいいけれどあまりお洋服を汚してはいけませんよ」
優しく笑ってくれるお母様が僕は大好き。
僕が今持っているお花は昨日お母様が捨ててきなさいっていったお花。お母様はもう覚えてない。
「は~い」
「泥を払ってあげて」
お母様は隣に立っている人に僕の洋服についた泥を取るようにいう。こういうとき、お母様は絶対僕に触ってくれない。
「カルス、今日はお部屋に戻ってお勉強していなさい」
「…」
まだお花を植え終わってないけど、お母様に逆らったらいけない。
「はい」
「誰か、部屋まで」
お母様が一言そういうと僕の服についた泥を払ってくれた人じゃない人が一歩前に出て僕を見る。
「良い子でいるのよ」
それだけ言うとお母様は僕を一度も見ることなく進んでいく。僕はこんなにお母様のことをみてるのに。誰も僕を振り返らない。
「僕一人で部屋まで戻れるから」
このお花を庭師の人にいって植えてもらわなきゃ。せっかくこんなに綺麗に咲いているのに。部屋に持って帰ったらまたお母様に捨てて来いって言われちゃう。それから帰ればいい。
「いいえ、王子」
「お花のことでしたら私に」
残った二人が交互に口を開く。
「お花…お願いしていいの?」
花のことに気づいてくれたのは、泥を払ってくれた方の人だ。
「ええ」
「じゃあ、お願い。植えておいてね」
僕は片手で抱きかかえるようにして持っていた花を女の人に渡した。
「かしこまりました」
「王子、戻りましょう」
「うん」
お花を渡した女の人はその場に立ち止まって僕たち二人を見ていた。
僕はお部屋でお母様と二人っきりになるのがちょっと苦手。
今みたいに部屋の中に誰かいるときは優しいお母様。僕とだってちゃんとお話して、頭だって撫でてくれる。
でも、お部屋に誰かいるのはお外が明るいうちだけ。暗いときは僕とお母様二人だけ。お外が暗いときのお母様は明るいときのお母様と全然違う。
お茶会っていってたから、お母様が帰ってくるのはきっとお外が暗くなってから。帰ってきたらお母様は部屋にいる人に言うんんだ。「貴方達はもう下がって頂戴」って。そうするとお母様は変わる。
「お兄様…遊びに行きたかったな」
誰にも聞こえないように小さく口の中で唱える。
この部屋は王妃の間っていって、僕がお母様の子どもだからここで暮らせる。
僕のお兄様はお母様が僕のお母様と違う方だからここで暮せないんだって。前にお父様がお母様がここにいないとき内緒で連れて行ってくれた。お母様に絶対に話したらいけない内緒の場所にあるお兄様の家。
お父様に連れて行ってもらってからはお母様の目を盗んで何度も遊びに行った。金髪で片目だけ紅い綺麗な僕のお兄様。
机の上にある白い紙に覚えたばかりの文字を一文字ずつお手本通りに書けるように何度も練習する。お茶会から帰ってきたお母様に褒めてもらえるように。
外から声が聞こえて、僕は窓に目を向けるとお外は真っ暗。扉のある方に振り返れば、ちょうど開かれているところだった。
「お帰りなさい、お母様!見てくださいっ!!こんなにきれいに書けた…」
机の上にある文字をたくさん書いた紙をもって椅子から飛び降りてお母様の居る場所に駆け寄る。今は綺麗な洋服だから抱きついてもいいんだけど、それよりも僕は今日の勉強した成果をお母様に褒めてもらいたくて。
さっきと同じようにちょっと手前で止まってバッとお母様の目に触れやすいように頭の上で紙を広げる。
「上手になったわね」
そう言ってお母様は優しく僕の頭を撫でてくる。それが嬉しくて、今日使った紙を机の上からたくさん持ってきて一枚ずつ見せていく。
「あのね、今日は計算のお勉強もしたんだよ!!」
「すごいわね、カルスは」
すごいでしょ、お母様。だから、優しいお母様でいて――。
「貴方達はもう下がって頂戴」
それでも、お母様はそう言う。
お母様がそういうと今まで部屋にいた人たちは誰もいなくなって、僕とお母様二人だけの部屋。
「おかあ、」
やっぱり
「まったく…どうして蒼い髪なのよ」
二人だけの部屋。僕をみるお母様の顔はとても怖い。
「でも、王妃は私」
「…」
誰もいなくなると、お母様にとって僕もいなくなってしまう。目の前にいるのにお母様の目に僕は映らない。
「側室の子供は金色の髪だったというのに…どうしてカルスは、この子は私に似たのよ。せめて容姿さえ…」
お母様は僕の蒼い髪がお嫌い。
でも僕はお母様とお揃いのこの蒼い髪が大好き。
「それに、魔法も使えないなんて…私も王もそれなりの魔力を持っているし、使うことができるのに」
お母様は魔法が使えない僕のことがお嫌い。
僕の中には魔力はたくさんあるけど、それを使うことができない。
「きっと大きくなったら使えるようになりますよ…きっと」って、魔導師の人が言ってた。
一番簡単な方法は皇帝陛下に調律してもらえば良いって、でも皇帝陛下なんてただのおとぎ話の中の人。そんなことできるはずないから、僕は早く大きくなって、魔法を使えるところをお母様に見せてあげたい。
この世界を司るのはこことは違う世界にいる四人の選ばれた皇帝陛下。その皇帝陛下の世界を司るのはたった一人の天帝。昔からあるおとぎ話。
魔導師の人は僕が悲しまないように、そういって慰めてくれるんだ。いるはずのない人を使ってまで。
お母様はつけていた手袋を外すとイライラした時にするいつもの癖で爪を噛み始める。だからお母様が外に出るときは必ず手袋をするんだ。
「でも…絶対に私の子どもを王にしてみせる」
それでも、お母様は僕のことを思ってくれる。僕のことを大切に思ってくれる。
「側室の子どもなんて、王の子ではない」
「ねぇ~」
今まで無関心だったお母様が僕のいる場所めがけて少し声を荒げて言うんだ。
「っ!次期王がそのような話し方をするのではありません!!!」
お母様は僕が語尾を伸ばして話すとどんな時でも見てくれる。
だから、僕はわざとそうする。そうすれば、お母様が僕を見てくれるから。
「どうしてっ……どうして……!」
同じ部屋にいるのにお母様は僕を見てくれない。
でも、それでもお母様がとっても優しい人だって僕は知ってる。
お母様のところにいくと心がポカポカしてくるのも知ってる。
だから僕はお母様が大好き。
でも、きっとお母様は
僕のことがお嫌い