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れいわらしべ長者

作者: シエル_Cloud
掲載日:2026/06/06

 むかしむかし、というほど昔ではない。

 令和の、とある町に、藁部空也という男がおりました。


 空也は二十九歳。

 仕事は続かず、貯金はなく、夢もなく、ただスマホの充電だけを気にして生きておりました。


 履歴書を送っては落ち、面接に行っては落ち、帰り道にコンビニで安い菓子パンを買い、部屋に戻っては布団の上で天井を見る。

 そんな日々でございます。


 部屋には、何もありませんでした。


 高い家具もない。

 新しい服もない。

 友人からもらった観葉植物は枯れ、冷蔵庫には調味料しかなく、机の上には昔買った本だけが一冊、斜めに積まれておりました。


 その本の題名は、


『スマホ一つで人生を変える副業術』


 でございました。


 空也はその本を、三年前に買っておりました。

 当時の空也は、まだ自分の人生に「逆転」というものが残されていると思っていました。


 副業。

 自由。

 月収百万円。

 会社に縛られない生き方。


 表紙には、歯の白い男が腕を組んで笑っておりました。


 けれども、その本を読んでも、空也の人生は一ミリも変わりませんでした。


 スマホ一つで人生は変わらず、変わったのはスマホの分割払いが終わったことくらいでした。


 ある日、空也は腹をすかせておりました。

 財布には二百十円しかありません。

 銀行アプリを開くと、残高は三百八十二円でした。


 空也は部屋の中を見回しました。


「何か、売れるものはないか」


 そうつぶやいて、机の上の古本を見ました。


『スマホ一つで人生を変える副業術』


 買ったときは千五百円。

 今では端が少し折れ、蛍光ペンの線も引いてありました。


 空也はそれをフリマアプリに出しました。


 価格は三百円。

 送料込み。


 利益が出るかどうかはわかりません。

 しかし、何もしないよりはましでした。


 すると、その日の夕方、すぐに購入希望の連絡が来ました。


「近所なので、手渡しできますか?」


 空也は少し迷いましたが、送料が浮くならありがたいと思い、駅前のベンチで待ち合わせることにしました。


 やって来たのは、大学生くらいの若い男でした。

 黒いリュックを背負い、眠そうな目をしていました。


「すみません。これ、現金じゃなくてもいいですか」


 若者はそう言うと、バッグから未使用の手帳を取り出しました。


「就活用に買ったんですけど、結局アプリで管理することにしたんで。これ、千円くらいしました」


 空也は一瞬ためらいました。

 今ほしいのは現金です。

 しかし、三百円の本が千円の手帳になるのなら、悪くないような気もしました。


「いいですよ」


 空也は本を渡し、手帳を受け取りました。


 これが、空也にとって最初の交換でございました。



---


 手帳は青い革風のカバーがついた、そこそこ立派なものでした。

 けれども空也には予定などありません。


 面接もない。

 デートもない。

 納期もない。

 書くことがない。


 そこで空也は、またフリマアプリに出しました。


「未使用。ビジネス用手帳。定価千円ほど」


 すると、今度は中年の女から連絡が来ました。


「息子が新社会人になるので、欲しいです。ただ、こちらも物々交換でお願いできませんか」


 空也は、また少し迷いました。

 しかし、女が差し出したものを見て、目を細めました。


 高級そうなボールペンでした。


「夫が景品でもらったものなんですが、使わないので」


 空也は手帳を渡し、ボールペンを受け取りました。


 帰り道、空也はボールペンを胸ポケットに入れてみました。

 胸ポケットなど、普段使ったこともありません。


 それだけで、少しだけ仕事ができる男になったような気がしました。


 気のせいでございます。



---


 次に、ボールペンは名刺入れになりました。


 相手は駅前の喫茶店にいた営業マンでした。

 その営業マンは、たまたまペンをなくして困っておりました。


「今日、取引先に行くんです。ちょっと貸してもらえませんか」


 空也がボールペンを渡すと、営業マンはしばらくして戻ってきました。


「助かりました。これ、お礼です。もう使わないので」


 渡されたのは、黒い名刺入れでした。

 本革かどうかはわかりません。

 しかし、空也の目には立派に見えました。


 名刺入れを手にした空也は、また少しだけ社会人に近づいた気がしました。


 もちろん、名刺は一枚もありませんでした。



---


 名刺入れは、次に中古のスーツになりました。


 これは少し不思議な交換でした。


 空也がリサイクルショップで名刺入れを眺めていると、店主が言いました。


「それ、なかなかいいね」


「そうですか」


「うちに置いても売れるかもしれない。現金は出せないけど、代わりにスーツ持ってく?」


 店主はバックヤードから、少し古い紺色のスーツを出してきました。


「サイズ合えばだけど」


 空也が着てみると、妙にぴったりでした。


 鏡に映る自分を見て、空也は驚きました。


 ちゃんとしている。


 顔は疲れている。

 髪も少し伸びている。

 靴は汚い。


 けれども、スーツを着ると、人間はそれなりに見えるものでございます。


 空也は名刺入れを渡し、スーツを受け取りました。


 その夜、部屋で一人、空也はスーツをハンガーにかけました。

 そして、最初にもらった手帳に、今日までの交換を書きました。


> 古本

手帳

ボールペン

名刺入れ

スーツ




 文字にしてみると、何かが始まっているように見えました。


「俺、意外と商才あるのかもしれない」


 空也はそう思いました。


 人は、たまたま風が吹いただけでも、自分が飛んだと思うことがございます。



---


 スーツは、ビジネスバッグになりました。


 空也はそのスーツを着て、ハローワークに行きました。

 その帰り、古いビルの前で、若い会社員が引っ越し作業をしていました。


 その男は、空也のスーツを見て言いました。


「それ、うちの父親に似合いそうですね」


 事情を聞くと、男の父は退職後に地域の会合へ出ることが増え、古いスーツを探していたのだそうです。


 空也はスーツを渡しました。

 代わりに男は、使わなくなったビジネスバッグをくれました。


 黒いバッグでした。

 持ち手のところは少し擦れていましたが、まだ十分に使えました。


 空也はバッグを持って歩きました。


 すると、不思議なことに、通行人が自分を避けてくれるように感じました。

 今までは、ただの男でした。

 しかしバッグを持つと、どこかへ向かう人に見えました。


 目的がある人間に見えました。


 実際には、行くところなどありませんでした。



---


 バッグは、中古のノートパソコンになりました。


 空也がそのバッグをフリマアプリに出すと、地方から上京してきたばかりの専門学生が連絡をくれました。


「パソコンは古くて遅いんですけど、使えないことはないです。バッグと交換できますか」


 空也は迷いませんでした。


 パソコン。

 それは令和における鍬であり、釣竿であり、時には魔法の杖のようにも見える道具でございます。


 受け取ったノートパソコンは重く、起動も遅く、キーボードの「A」が少し剥げていました。


 けれども、空也にとっては宝物のようでした。


 部屋に戻り、パソコンを開きました。


 古いファンが、ぶうん、と音を立てました。


 画面が光りました。


 空也は手帳に書きました。


> バッグ

ノートパソコン




 その字を見て、胸が熱くなりました。


 もしかすると、本当にいけるのではないか。

 自分は、何もないところから価値を作れる人間なのではないか。


 そう思いました。


 だいぶ危ない兆候でございます。



---


 ノートパソコンは、高級時計になりました。


 これは偶然に偶然が重なった交換でした。


 空也はパソコンを売ろうとして、説明文を書きました。


「古いですが、文章作成や検索には使えます。初期化済み」


 すると、五十代くらいの男から連絡が来ました。


「父が町内会の資料作成に使うので、安いパソコンを探しています。現金ではなく、時計との交換でもいいですか」


 空也は写真を見ました。


 銀色の腕時計でした。

 有名ブランドではありません。

 けれども定価は数万円するらしい。


 空也はノートパソコンを渡し、時計を受け取りました。


 腕につけると、少し重い。


 その重さが、成功の重さのように感じられました。


 空也は鏡の前に立ち、腕時計を見せるように手首を傾けました。


 古本から始まったものが、手帳になり、ボールペンになり、名刺入れになり、スーツになり、バッグになり、パソコンになり、時計になった。


 空也は笑いました。


「俺は、長者だ」


 もちろん、長者ではありません。

 部屋には相変わらず食べ物がなく、家賃の支払いも迫っていました。


 けれども人は、腕に光るものがあるだけで、人生まで光ったように錯覚するのです。



---


 時計をつけていると、人の態度が少し変わりました。


 コンビニの店員が丁寧になったわけではありません。

 道行く人が振り返ったわけでもありません。


 ただ、空也自身の態度が変わったのです。


 背筋を伸ばす。

 少しゆっくり話す。

 わかったような顔をする。


 自信とは、内側から湧くものではなく、外側にぶら下げた小物から染み込んでくることもあるようです。


 そんなある日、空也は駅前のカフェで、その時計を眺めておりました。


 そこへ、一人の男が声をかけてきました。


 年は四十前後。

 細身のスーツ。

 妙に白い歯。

 声は落ち着いていて、目だけが笑っておりません。


「いい時計ですね」


 空也は顔を上げました。


「いえ、そんな高いものじゃないです」


「でも、似合っています。事業をされているんですか?」


「まあ……少し」


 少しもしていませんでした。

 けれども、そう言ってみたかったのです。


 男は名刺を出しました。


「資産形成のサポートをしています」


 名刺には、横文字の会社名が書かれていました。

 空也には読めましたが、意味はわかりませんでした。


 男は言いました。


「あなたのような方は、普通に働くより、資産を動かした方が早い」


 空也は、胸の奥がくすぐられるようでした。


 あなたのような方。


 これまで、そんな言葉を言われたことはありませんでした。

 お前のようなやつ、なら何度かあります。


「実は今、紹介制の投資案件があります」


 男は声をひそめました。


「月利十二パーセント。元本はかなり守られています。AIが自動で運用します」


 AI。

 自動。

 紹介制。

 月利。


 どれも空也にはよくわかりませんでした。

 けれども、わからない言葉ほど、儲かりそうに聞こえるものでございます。


「ただ、最低参加額が五十万円なんです」


 空也は笑いました。


「五十万なんて、ないですよ」


 男は、空也の腕を見ました。


「その時計、売れば多少にはなるでしょう。あとは少し借りればいい。あなたは物の価値を見抜ける人だ。ここで止まるのは、もったいない」


 物の価値を見抜ける人。


 空也の中で、これまでの交換が一気につながりました。


 古本を手帳にした。

 手帳をボールペンにした。

 ボールペンを名刺入れにした。

 名刺入れをスーツにした。

 スーツをバッグにした。

 バッグをパソコンにした。

 パソコンを時計にした。


 自分には才能がある。


 空也は、そう思いました。


 そして、時計を売りました。

 足りない分は、消費者金融で借りました。


 五十万円を、男に渡しました。



---


 最初の一ヶ月、六万円が振り込まれました。


 空也はスマホの画面を何度も見ました。


 六万円。


 何もしていないのに、六万円。


 空也は震えました。


「やっぱり、俺は間違っていなかった」


 彼は借金を増やしました。

 さらに金を入れました。


 すると、二ヶ月目にも振り込みがありました。


 九万円。


 空也は笑いました。

 あの古本。

 あの手帳。

 あのボールペン。


 すべては、この日のための布石だったのだと思いました。


 そして三ヶ月目。


 振り込みはありませんでした。


 男に電話をしました。

 つながりませんでした。


 会社の住所を調べました。

 そこはバーチャルオフィスでした。


 LINEを送りました。

 既読はつきませんでした。


 名刺のメールアドレスに送ると、宛先不明で戻ってきました。


 空也はしばらく、スマホを持ったまま座っておりました。


 部屋には何もありません。

 時計もありません。

 パソコンもありません。

 バッグもありません。

 スーツもありません。

 名刺入れも、ボールペンも、手帳もありません。


 残っていたのは、最初の交換から書き続けていた、あの青い手帳だけでした。


 いや、手帳は交換したはずです。


 けれども正確には、交換した手帳とは別に、空也は百円ショップで似たようなノートを買い、そこに交換の記録を書き写していたのでございます。


 理由は特にありません。

 ただ、自分の成功が消えてしまわないように、記録しておきたかったのです。


 空也はノートを開きました。


> 古本

手帳

ボールペン

名刺入れ

スーツ

バッグ

ノートパソコン

高級時計

投資

消滅




 最後の二行を見たとき、空也は急に腹が立ちました。


 自分を騙した男に。

 調子に乗った自分に。

 そして、いまだに成功した人間の顔で笑っている、あの古本の表紙の男に。


 空也はノートの最後の二行を、黒いペンで塗りつぶしました。


> 高級時計

█████

█████




 すると、不思議なことに、そこには成功の物語だけが残りました。


 古本が時計になった。


 それは事実でした。


 投資で消えたことも事実でしたが、黒く塗れば見えません。


 見えない事実は、売り物にならない。

 見える事実だけが、売り物になる。


 空也は、ふと気づきました。


「これ、売れるんじゃないか」



---


 最初に作ったのは、PDFでした。


 題名は、


『三百円の古本から高級時計を手に入れた令和わらしべ術』


 価格は九百八十円。


 中身は、自分の交換記録でした。


 古本をどう出品したか。

 相手の事情をどう聞いたか。

 現金ではなく物と交換する心理。

 少しだけ価値の高そうなものに変えていく考え方。


 文章は下手でした。

 しかし、妙な生々しさがありました。


 空也は、最後にこう書きました。


> 人生は、手元にある一番小さなものから変えられる。

大切なのは、価値を見抜く目である。




 その言葉は、どこかで読んだような言葉でした。

 おそらく、最初に売ったあの古本に似たようなことが書いてあったのでしょう。


 PDFは、最初の一週間で三部売れました。


 空也は震えました。


 二千九百四十円。


 かつて三百円で古本を売ろうとしていた男が、ただの体験談で二千九百四十円を得たのです。


 しかも、物を渡していません。

 PDFです。

 減りません。


 空也は思いました。


「これは、物々交換より効率がいい」


 それから空也は、題名を変えました。


『元手ゼロから資産を作る交換思考』


 価格は九千八百円。


 売れませんでした。


 そこで、煽り文句を足しました。


> 再現性あり

初期費用ほぼゼロ

不用品を資産に変える

凡人でもできる

会社に頼らない生き方




 少し売れました。


 空也は、さらに言葉を強くしました。


> 知らない人だけが損をする

お金がない人ほど読むべき

成功者はみんな交換している

まずは行動した人だけが変わる




 もっと売れました。


 やがて空也は、オンライン講座を作りました。


『価値交換マスター講座』


 参加費は三万円。


 中身は、PDFを読み上げるだけでした。

 けれども、受講者は真剣にメモを取りました。


 ある若者が質問しました。


「先生、最終的に高級時計のあと、どうなったんですか?」


 空也は一瞬、黙りました。


 そして、笑いました。


「その話は、上級講座で扱います」


 上級講座は、十万円にしました。



---


 空也は、少しずつ有名になりました。


 大きく有名になったわけではありません。

 テレビに出たわけでも、何十万人のフォロワーがいたわけでもありません。


 けれども、狭い界隈では知られるようになりました。


 元手ゼロの人。

 交換思考の人。

 令和わらしべの人。


 そう呼ばれるようになりました。


 空也は、古いスーツを買い直しました。

 中古の時計も買いました。

 名刺を作りました。


 肩書きは、


価値交換コンサルタント


 でございました。


 名刺を見たとき、空也は笑いました。


 名刺入れを持っていた頃の自分には、名刺がありませんでした。

 名刺を持った今の自分には、中身がありませんでした。


 しかし、中身がなくても、肩書きがあれば人は話を聞いてくれます。



---


 ある日、講座の終了後、一人の青年が空也のところへ来ました。


 まだ二十歳そこそこに見えました。

 服はよれよれで、目だけが妙に輝いていました。


「先生、僕も始めたいです」


「いいですね」


 空也は、いつもの営業用の笑顔を作りました。


「手元に何かありますか? 最初の一歩になるものです」


 青年はポケットをごそごそ探り、小さなものを取り出しました。


 それは、黄ばんだスマホケースでした。

 透明だったはずのケースが、長い時間をかけて薄い茶色になっておりました。


「機種変して、もう使わないんです。でも、これでも始められますか」


 空也は、そのスマホケースを見ました。


 価値は、ほとんどない。

 誰の家にもありそうな、不用品。

 社会のすき間に落ちている、小さなゴミ。


 けれども、始まりとしては十分でした。


 空也はうなずきました。


「もちろんです」


 青年の顔が明るくなりました。


「本当ですか」


「はい。人生は、そこから変わります」


 空也は机の下から申込書を出しました。


「まずは入門講座からですね。三万円です」


 青年は少し固まりました。


「三万円……」


「投資です」


 空也は穏やかに言いました。


「自分への投資です」


 その言葉を口にした瞬間、空也は昔、駅前のカフェで会った男の顔を思い出しました。


 白い歯。

 笑っていない目。

 月利十二パーセント。

 紹介制。

 AI。

 自分への投資。


 空也は、一瞬だけ言葉を失いました。


 しかし青年は、もう財布を出していました。


「払います。変わりたいんで」


 空也は申込書を差し出しました。


「では、ここにお名前を」


 青年は震える手で名前を書きました。


 空也はその文字を見ながら、胸の奥に小さな痛みを覚えました。


 それは良心だったのかもしれません。

 あるいは、ただの胃もたれだったのかもしれません。


 どちらにせよ、痛みはすぐに消えました。



---


 その夜、空也は一人で部屋に戻りました。


 昔よりは少し広い部屋でした。

 机もあり、椅子もあり、壁には講座用のホワイトボードが立てかけてあります。


 空也は棚から、あの古いノートを取り出しました。


> 古本

手帳

ボールペン

名刺入れ

スーツ

バッグ

ノートパソコン

高級時計

█████

█████




 黒く塗りつぶした部分を、指でなぞりました。


 そこには、確かに失敗がありました。

 愚かさがありました。

 借金がありました。

 消えた金がありました。

 騙された自分がありました。


 けれども、黒く塗れば教材には載せなくて済みます。


 空也はノートを閉じました。


 そして、パソコンを開きました。


 新しい教材のタイトルを打ち込みました。


『黄ばんだスマホケースから始める人生逆転メソッド』


 副題は、


――誰でもできる令和わらしべ実践編――


 空也はしばらく画面を見つめました。


 それから、本文を書き始めました。


> あなたの家に眠っている不用品には、まだ価値があります。

問題は、あなたがその価値に気づいていないことです。




 そこまで書いて、空也は少し笑いました。


 自分が最初に売った古本と、ほとんど同じことを書いている。


 けれども、何も問題はありません。


 なぜなら、世の中にはいつの時代も、人生を変えてくれる一冊を探している人間がいるからです。


 たとえ、その一冊で人生が変わらなかったとしても。


 たとえ、人生が変わるのは、その本を読んだときではなく、売る側に回ったときだったとしても。



---


 こうして空也は、長者になりました。


 ただし、それは昔話に出てくるような長者ではありません。


 蔵に米を積む長者ではなく。

 山ほど小判を持つ長者でもなく。

 正直者として村人に慕われる長者でもありません。


 令和の長者でございます。


 物を交換して富を得たのではありません。

 物を交換した話を、富に変えたのです。


 そして今日も、どこかの部屋で、誰かが不用品を見つめています。


 古本。

 スマホケース。

 余った充電ケーブル。

 使わなくなった手帳。

 片方だけのイヤホン。


 それらは確かに、始まりになるかもしれません。


 けれども、始まりが小さいことと、終わりが美しいことは、まったく別の話でございます。


 空也は今夜も、講座の募集ページを更新しました。


 画面には、こう書かれておりました。


> あなたも、今日から変われます。




 その下で、申し込みボタンだけが、やけに明るく光っておりました。

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