第5話 ドカ盛り王子様、白鷺玲音(4)
「はふぅ……」
玲音は満足そうに吐息を漏らして、ソファに寝そべった。
僕は食後のコーヒーを淹れつつ、ビルトインの食洗機に食器を突っ込んでいるところだ。コーヒーメーカーも食洗機もハイエンドモデルらしく、僕は怖くて価格を調べていない。
それにしても……、うう……。
僕も、玲音の三分の一以下とはいえ、それなりの量を食べたので、動くとお腹が苦しい。
「超美味しかった……」
玲音がお腹をさする。
「豚はとろとろ、麺はわしわし、ヤサイはシャキシャキで、想像以上だったとも。スープもうまみたっぷり、味付きのアブラもパンチのある味わいで、思わず一心不乱に食べてしまったよ……」
驚くべきことに、この王子様。
なんと、僕より早く食べ終わっている。
「チャーシューは豚バラ使ったからね。本家は豚のウデ肉を使うらしいんだけど、そんなのスーパーでは見たことないし、今週は豚バラブロックをお裾分けしてもらってたからさ。だから、玲音が動画で見ていたようなドカ盛りのラーメンとは、たぶん、かなり違うと思うよ」
マニア的には、スープを圧力鍋で炊くのも外道らしい。
僕個人としては、醤油ダレに大量のうまみ調味料を入れるところでドキドキした。普段の料理なら絶対に入れない量を入れた。
……というか、だ。
「そもそも、店に食べに行けばいいじゃん。電車で大きい街に出れば、G系のラーメンなんて、いくらでもあるでしょ」
「分かっていないなぁ。僕は王子様なんだよ? 王子様がG系ラーメンを食べているところをレディ達に見つかったら、幻滅されてしまう」
うーん、そうかなぁ……。
コーヒーの入ったマグカップを手渡す。
「ありがとう。いい匂いだね。……ともあれ、姫宮君。僕は女の子にちやほやされるのが大好きなんだ。今の立場を失いたくないのさ。女の子は可愛くて柔らかいからね、侍らせれば侍らせるほど気分がいい」
「ドカ盛り料理を食ってることよりも、今の発言の方がよっぽど幻滅されそうだけどね……?」
「いやいや、もちろん、みんな大切な友達だよ? みんなが僕に見ている夢を壊したくないと思っているからこそ、バレたくないんだよ」
王子様系女子も大変なんだな、と思う。よくわかんないけど。
「だとしても、大食いなことを隠さなくても良いと思うけどね。みんな、なんやかんやで喜ぶんじゃない? 大食いって人気あるし。ほら、テレビとかYouTubeでもよく見るじゃん。力士がいっぱい食べるやつとかさ」
玲音が目を猫みたいに細めて、なんだか怖い笑顔になった。
「……姫宮君? もしかして僕のこと、お相撲さんみたいって言いたいのかな?」
「あっ、いや、そういうわけではなくて。最初に思い浮かんだのが力士だっただけであってですね」
玲音がコーヒーカップをローテーブルに置いて、怖い笑顔のまま立ち上がった。
「確かめさせてやろうじゃないか! えい!」
そして、数々の運動部のエースのプライドをへし折ってきた俊敏さで、のこった、のこった、と言わんばかりに正面から組み付いて来た。
僕は反射的に受け止めてがっぷり四つに組み――頭が真っ白になった。
柔らかい。顔が近い。可愛い。カッコいい。掴んだ腰は細くて、今食べたラーメンはどこに行ったんだろう、とか考えてしまう。それどころではないのに。
だって、だってだ。ええと、つまりこれ、ハグでは?
「わ、わっ、ちょっと玲音、離れてっ」
「どうだい? 姫宮君、僕はお相撲さんかい? ……お、意外と力あるね、姫宮君。さすが男子」
「玲音、やめ、危な――」
「えいっ」
玲音がくいっと僕の肘を引いた途端、謎の力が働いた。僕らはもつれ合うように、ソファの上にぽてんと転がる。
普通に抵抗できなかった。柔道とかやってたんだろうか。というか、この体勢は、さっきのハグよりもまずい。
仰向けに寝転ぶ僕の上に、玲音が乗っかっている状態で、これはそのぉ……。
しかもその上、玲音がぐいっと顔を近づけてきた。
「これでもお相撲さんかい?」
問われて、頭が真っ白になっていた僕は、
「……それを証明するなら、僕に勝っちゃ駄目だったんじゃない?」
と、一周回って、ちょっと賢い返事をした。
玲音が「んふふ」と笑った。
「確かに、勝っちゃダメか。……間違ってたね」
「……あ」
「どうしたんだい、姫宮君」
「いや、視界いっぱい、玲音だなって思って」
そこでようやく、玲音が自分達の状態に気づいたらしい。
口をもにょもにょ動かしてから、歯がきらりと輝きそうな格好良い笑顔を作った。
ただし、ほっぺたから耳の先まで、全部真っ赤ではあるけれど。
「んふふ。そうだね。姫宮君の視界を独占だ。……姫宮君。もし、君さえよければ、このまま視界だけじゃなく君の全てを――」
「あとニンニクの匂いするね。お互い、いっぱい食べたもんね」
玲音がすっと離れてソファの前に立ち、仁王立ちで腕組みした。
「姫宮君。そこに正座しなさい」
「えっ」
「正座」
「……はい」
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