第2話 ドカ盛り王子様、白鷺玲音(1)
「姫宮君。君だけだよ、進路希望調査書を出していないのは」
ある日の休み時間、白鷺玲音が僕の机までやって来て、呆れた顔でそう言った。
進路希望調査書――って、えっと……。
進学先の第一希望とか第二希望とか書くやつか。すっかり忘れていた。
四月中の第二週までに出せと言われていた気がする。……つまり、もう提出期限は過ぎている。
「あー……ごめん。いま、適当に書くよ」
「適当に? それなら、いっそ僕が書いてあげようか?」
いたずらっ子の微笑みで、僕が鞄から取り出した進路希望調査書をするりと奪って、玲音はさらさらとペンを走らせた。
慌ててひったくる。第一希望には『お婿さん♡』と綺麗な筆跡で記されていた。しかもボールペンで。おい何すんだ。
「ちょ、ちょっと、玲――白鷺さん! どうしてくれんのこれ」
「そのまま出せば良いじゃないか。姫宮君なら可愛いお婿さんになれるよ。……ふふ、冗談さ。ちゃんと予備があるから安心して」
クスクス笑いながら、真新しい進路希望調査書を手渡してくる。
まったく……。
「変な冗談はやめてよ。お婿さんって……」
「お嫁さんの方が良かった?」
「……白鷺さん!」
「おっと、これ以上怒らせると、あとが怖そうだ」
また、クスクス笑う。
白鷺玲音。
畦火高校二年生特進Aクラスの女子生徒で、二年生で一番の王子様系女子。
ビジュアルは、いわゆる正統派の王子様。
外国の血が入っているとかで、さらさらの金髪ショートカットに青い眼、そして高身長という、まるで漫画かアニメから抜け出してきたかのような、パーフェクトな美貌を持つ。
しかも、クラスの委員長を務め、定期テストでは毎回学年トップテン入りする勤勉さを持ち、運動部には未所属ながらバレー部やバスケ部から引っ切りなしに助っ人を頼まれるほどの運動神経を誇り、なんとファッション誌のモデルもやったことがあるらしい。
対して、僕。姫宮……、下の名前は言いたくない。
クラスの隅っこで、自分の席にへばりついて進路調査書を埋めている、ちょっとだけ――平均よりも、ほんのちょっとだけ――背が低い以外、特に特徴のない男子である。
「へえ、第一志望は西都大学文学部なのか。第二志望は経済学部……西都大学以外はないのかい? 姫宮君ならもっと上も目指せると思うのだけれど」
「人の志望校を勝手に見ないでよ。……家から通うって考えたら、距離的にも学力的にも一番ちょうどいいんだよ。就職にも強いらしいし」
「ふぅん。もったいない。まだ二年なんだから――」
そこで、玲音に声がかけられた。
「玲音くーん、次、体育だよー」
取り巻きの女子の一人が、教室の扉の近くで、にこやかに手を振っている。
玲音が振り返って、手を振り返す。
「もう少し待っていてくれ、姫宮君からプリントを貰ったら、すぐに行くから」
「先に行ってよっか?」
「まさか。僕に君達をエスコートさせてくれ、お嬢さん達」
玲音のわざとらしいウィンクに、たむろしていた女子達が黄色い声を上げる。
玲音は女子からの人気が凄くて、休み時間になると、いつもファンの女子に囲まれてしまうのだ。中には、ほとんど信奉者みたいな女子も何人かいて、玲音が男子と話していると、物凄い形相で睨みつけたりする。
……たった今、僕も睨まれている。うわ、目が合ってしまった。超怖い。
大急ぎで調査書を埋めて、玲音に手渡す。
「ほら、さっさと行ってやりなよ」
「あ、そうだ。姫宮君もエスコートしてあげようか?」
「馬鹿言ってないで行きなって……。更衣室も違うでしょ」
「つれないなぁ。ああ、あと、そうだ。姫宮君――」
ふいに、玲音が身を屈めて、僕の耳元に唇を近づけた。
「今日の放課後は直接、君の家に行くから。よろしくね」
急に囁かれて、僕はびっくりして椅子の上で仰け反ってしまう。
そんな僕を見て、玲音は愉快そうに笑いながら教室を出て行った。
……まったくもう。
近くの席の男子が、不思議そうに首を傾げた。
「姫宮、最後、王子様に何言われたんだ?」
「あーえっと、進路調査書の……小言というか……、まあ、何でもないよ。ほら、僕らもそろそろ着替えて体育館に行かなきゃ」
適当に誤魔化して、僕は席を立った。
玲音が、週に何度も僕の家に来ているなんてクラスの奴らに知られたら、信奉者に八つ裂きにされかねない。
……なお、体育では玲音がバスケで無双し、バスケ部の女子達を抜き去り一人で五十点くらい取っていて、思わず見蕩れてしまった。
いいなぁ、背が高くて。
よろしければ、
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