第15話 映えたい王子様、藤堂薫(1)
「姫ちゃん、SNSはやっていないのか?」
ある日の放課後、一輝先輩がそんなことを言った。
うちのソファにゆったりと座り、食後のコーヒーを楽しむ……そんな時間である。もう普通に我が家みたいにくつろいでいらっしゃいますね、あなた。
「姫宮君はやってないよ、一輝」
僕が返事する前に、玲音が答えた。タメ口で。
今日はハヤカワの翻訳SFを読んでいるらしい。
叔母さんの本棚には、時代、ジャンルを問わず、様々な書籍が揃っているのだ。読み終えた本を適当にぶち込んでいくから、並べ方が乱雑になってしまっているけれど、玲音曰く「それがむしろいいんじゃないか」とのこと。
「今日のカスタードのタルトなんて、素朴だけど盛り付けも凝っていたし、お菓子作りのインフルエンサーとして人気が出そうなものだが」
一輝先輩がそう言う。
今日はスイーツの日だったから、カスタードのタルトを二枚焼いたのである。一枚と半分くらいは玲音が食べた。
先日、玲音と一輝先輩の間で、何かしらの話し合いが行われ、僕がドカ盛りご飯とスイーツを交互に作る、ということで決着したらしい。僕抜きでそんな話し合いをするんじゃないよと言いたい。……作るけどさ。楽しいし。
……そういえば、玲音が一輝先輩相手にタメ口になったのは、その話し合いの後からだったな。
「いや、僕なんてそんな……。盛り付けも大したことないですし。粉砂糖振って、フルーツ添えただけですよ? 一応、作った料理の写真は撮り溜めていますけど」
「ふうむ。やらないのはもったいなく感じるな……」
「一輝先輩はやってるんですか? そういうの」
一輝先輩は「うむ」と頷いた。
「運営しているのは事務所だがな。総フォロワー数は確か……二百万人くらいだったはずだ」
おお……、と玲音と二人して感嘆してしまう。二百万って凄い。
トップクラスなんじゃないのか? さすがモデルだ。
一輝先輩は照れくさそうに微笑んだ。
「ほとんど、ファッションブランドのファンだがな。そういう意味では、私もインフルエンサーと言えるだろう。……ちなみに、だが」
一輝先輩は――いつの間にか――キッチンで片付けをする僕のそばに来て、そっと手を取った。この人はすぐ僕の手とか肩とかを触ってくる。
「インフルエンサー同士が付き合うことは、珍しくないのだぞ。そう、よくあることなんだ。じゃあ早速、姫ちゃんのアカウントを作ろうか」
「いやあ姫宮君! そういえば、すぐ破局するよね! インフルエンサー同士のカップルってさ! だからやめた方が良いよインフルエンサーなんて!」
玲音がスパッと、僕と一輝先輩の間に割り込んできた。
「でもまあ、姫宮君がSNSをするのは、僕も賛成だね。ちょっとした日常の写真なんかをアップするといいよ。僕とのツーショットとか」
「個人情報はアップしちゃ駄目じゃないの?」
「私とのツーショットも撮ろう、姫ちゃん。そしてアップしよう」
「話を聞いてくださいよ」
必死の抵抗もむなしく、ファンに見つかると殺されそうな写真を撮ることになった。何枚も。僕のスマホで。
そのままの勢いで、玲音と一輝先輩が僕のSNSアカウントを勝手に作成し、今日作ったカスタードのタルトの写真を投稿した。僕のスマホで。
きゃいきゃいと嬉しそうに僕のスマホをいじくっている。もう勝手にしてくれ……。
●
その翌日。
わけの分からないことに、僕は一年生に胸ぐらを掴まれていた。
誰もいない校舎裏で、僕を壁に押しつけながら、その一年生はスマホの画面を僕に見せつけた。
「このアカウント、姫宮先輩っすよね?」
スマホの画面に映っているのは、昨日作ったカスタードのタルト。え、なんで僕って分かるんだ……?
一年生は、鋭い視線で僕を睨み付けている。
脱色して赤く染めた髪、僕よりも少し低いくらいの背丈。気の強そうな眼差し、健康的に日焼けした肌、そして鼻に絆創膏――見るからに活発な性格だと分かるが、そのパーツの一つ一つが整っていて、美しい。
「姫宮先輩。アンタを“漢”と見込んで、頼みがあるっすよ……!」
彼女はそう言って、より強く僕を壁に押しつけた。
僕は彼女を知っている。
というか、学校で彼女を知らない人はいない。玲音や一輝先輩のような有名人――一年生の“王子様”、藤堂薫を。
何故、こんなことになっているのかというと……話は今朝、僕がいつも通りに登校したところまで戻る。
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