第13話:戻る理由は、もうない
その知らせは、予想よりも早く届いた。
馬車が次の中継地へ到着した直後。
ひとりの騎士が、息を切らして駆け込んできた。
「リシェル様!」
その顔には、明らかな焦りが浮かんでいる。
「王宮より、緊急の伝達が!」
私は静かに視線を向ける。
「内容は?」
騎士は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
それから、はっきりと告げる。
「……帰還の要請です」
空気が、わずかに揺れた。
ミリアが、息を呑む。
私は、ただ静かに聞いていた。
「殿下よりの直命にございます。即時、王都へ戻るようにとのことです」
当然だろう。
ここまで異常が拡大している以上。
原因に心当たりがある人間を、呼び戻すのは自然な判断だ。
むしろ。
遅いくらいだ。
「……理由は」
私は淡々と問う。
「詳細は明かされておりません。ただ……」
騎士は、言葉を選ぶ。
「現在、聖女様による調整が追いついておらず、各所で混乱が拡大しているとのことです」
やはり。
予想通り。
私は小さく息を吐く。
そして。
ほんの一瞬だけ。
考える。
戻るべきか。
王都へ。
すべての中心へ。
原因を、直接修復するために。
それは。
最も合理的な選択だ。
時間も短縮できる。
被害も最小限に抑えられる可能性が高い。
理屈だけで考えれば。
答えは、ひとつだった。
だが。
私は、すぐには口を開かなかった。
代わりに。
静かに、窓の外を見る。
空は、歪んでいる。
道は、崩れている。
流れは、乱れている。
それは。
確かに、修復すべきものだ。
けれど。
「……条件は?」
私は、騎士に視線を戻す。
「え?」
「帰還の条件よ」
騎士は戸惑う。
当然だ。
“戻れ”という命令に、条件を求めるなど。
本来、許されることではない。
だが。
私は、もう王妃候補ではない。
命令に従う義務も、ない。
「それは……」
「あるはずよ」
私は静かに言う。
「なぜなら、これは“要請”だから」
命令ではない。
要請。
その違いは、大きい。
騎士はしばらく迷い、やがて口を開いた。
「……王太子殿下との、再協議の場が設けられる予定と」
その言葉に。
私は、ほんのわずかに目を細めた。
再協議。
つまり。
関係の再構築。
あるいは。
再契約。
「……そう」
静かに、呟く。
なるほど。
それが、王宮側の答えか。
問題を解決するために。
元の形に戻す。
確かに。
理屈としては、正しい。
最も早く、確実な方法。
けれど。
私は、すぐに理解する。
それが。
“間違い”であることを。
「……リシェル様」
ミリアが、そっと声をかける。
その声には、不安が混ざっている。
無理もない。
これは。
大きな選択だ。
戻れば。
すべてが、元に戻る可能性がある。
地位も。
役割も。
そして。
あの場所も。
私は、目を閉じる。
一瞬だけ。
かつての自分を思い出す。
完璧に整えられた日々。
与えられた役割。
迷いのない行動。
それは。
確かに、楽だった。
考える必要がなかったから。
すべてが決まっていたから。
けれど。
今は。
違う。
私は、目を開ける。
そして。
はっきりと、言う。
「戻らないわ」
騎士が、息を呑む。
「し、しかし──」
「理由は簡単よ」
私は、言葉を重ねる。
「同じ形に戻しても、意味がないから」
それが、すべてだった。
一度壊れたものは。
同じ形には戻らない。
戻したとしても。
また、同じことが起きる。
それでは。
何も変わらない。
「……では、どうされるのですか」
騎士の問い。
私は、少しだけ考えて。
そして、答える。
「作り直すわ」
静かに。
だが、はっきりと。
「この国の仕組みを」
その言葉に。
場の空気が、変わる。
それが、どれほど大きな意味を持つか。
理解できる者には、分かる。
私は、続ける。
「王都に戻る必要はない。むしろ、外から見た方が正確に把握できる」
それが、私の結論だった。
中心に戻れば、また同じ役割に縛られる。
それでは。
本質は変えられない。
「……殿下には、何とお伝えすれば」
騎士が、慎重に問う。
私は、少しだけ考えて。
そして。
静かに、言った。
「必要なら、私のところに来るようにと」
それは。
かつての自分なら、決して言わなかった言葉。
だが。
今は、違う。
私は、もう。
“選ばれる側”ではない。
“選ぶ側”だ。
その事実が。
胸の奥に、静かに根を張っていた。
第13話まで読んでいただきありがとうございます。
ここで「戻るかどうか」という大きな分岐を入れました。
そして主人公は、
合理的な選択ではなく、
“自分の意思”で道を選び始めます。
ここがこの物語の大きな転換点です。
次の話では、
その選択がさらに明確になり、
主人公の立ち位置が変わっていきます。
少しでも続きが気になったら、
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