第11話:止まらない崩れ
崩れた道の前で、私たちは足止めされていた。
回り道は可能だが、大きく時間を取られる。
それに。
問題は、この一点ではない。
「……広がっているわね」
私は静かに呟く。
視線の先。
崩落した地面だけではない。
周囲の土壌が、不自然に歪んでいる。
木々の根が浮き上がり、岩がわずかにずれている。
まるで。
“下から押し上げられている”ような状態。
「こんな現象、聞いたことがありません……」
護衛の騎士が低く言う。
当然だ。
自然現象では説明がつかない。
そして、魔術でも。
ここまで広範囲に影響を及ぼすには、あまりにも不安定すぎる。
「……水は?」
私は、ふと思いついて問う。
「水、でございますか?」
「ええ。この周辺の水の流れはどうなっているの」
騎士は少し考え、すぐに部下へ指示を出す。
数分後。
報告が上がる。
「近くの小川が、流れを変えております」
「変えている?」
「はい。本来は東へ流れるはずが、一部が逆流しているとのことです」
私は目を閉じる。
やはり。
風だけではない。
土も、水も。
すべてが、影響を受けている。
「……流れが壊れている」
小さく、呟く。
この国を支えていた“循環”。
それが。
全体的に、歪み始めている。
「リシェル様……」
ミリアが不安げに声をかける。
私は目を開く。
そして。
ゆっくりと周囲を見渡す。
この場にいる誰もが、異常を感じている。
だが。
それを“理解”している者はいない。
ただ。
不安だけが、広がっている。
「……一度、整えましょう」
私は、そう言った。
「整える……?」
騎士が戸惑う。
無理もない。
何を言っているのか、分からないだろう。
だが。
私には、分かる。
やるべきことが。
完全に修復することはできない。
それは、分かっている。
けれど。
“応急的に整える”ことなら。
可能だ。
私は崩落した地点へと歩み寄る。
「危険です!」
「大丈夫」
短く返す。
もう、迷いはない。
ここで何もしなければ。
被害は広がる。
それだけは、確実だから。
私は、再び地面に手を触れる。
冷たい。
だが、その奥に。
乱れた“流れ”を感じる。
途切れ。
ねじれ。
ぶつかり合う力。
それらが、均衡を失っている。
だから、崩れる。
ならば。
やることは、同じ。
私は、呼吸を整える。
そして。
ゆっくりと、意識を集中させる。
流れを、なぞる。
本来あるべき方向へ。
ほんのわずかに。
修正する。
その瞬間。
地面が、かすかに震えた。
「……っ!」
周囲が息を呑む。
崩れていた土が、わずかに落ち着く。
完全ではない。
だが。
これ以上の崩落は、止まった。
「……止まった?」
騎士の声に、驚きが混ざる。
私はゆっくりと立ち上がる。
息が、少しだけ荒い。
負担は、ある。
それも。
予想以上に。
「……応急処置よ」
私は静かに言う。
「長くは持たない」
それが、現実だった。
今の私は。
完全に“補う”ことはできない。
欠けた部分を、埋めきれない。
だから。
時間を稼ぐことしかできない。
「このまま進むのは危険です」
騎士が言う。
「ですが、ここに留まるのも……」
「進みましょう」
私は、はっきりと言う。
迷いはない。
「ですが──」
「止まらないから」
言葉を遮る。
騎士が黙る。
私は続ける。
「この異常は、広がっている。ここで足を止めても、いずれ同じことが起きる」
それは、確信だった。
もう、局所的な問題ではない。
国全体に広がる“現象”。
だから。
「動き続けるしかない」
それが、結論。
騎士はしばらく考え、やがて頷いた。
「……承知いたしました」
指示が飛ぶ。
馬車が再び動き出す。
私たちは、崩れかけた道を慎重に進んでいく。
その間も。
私は、考えていた。
このままでは、いけない。
応急処置では、限界がある。
根本的な解決が、必要だ。
だが。
それを行うには。
“欠けたもの”を、取り戻さなければならない。
そのとき。
胸の奥が、わずかに痛んだ。
私は、視線を落とす。
自分の手を見る。
何もない。
けれど。
確かに、足りていない。
何かが。
「……止められない」
小さく、呟く。
この流れは。
このままでは。
誰にも。
止められない。
その事実が。
ゆっくりと、重くのしかかっていた。
第11話まで読んでいただきありがとうございます。
ここで「風だけではない」ことが明確になり、
国全体の崩れとして描き始めました。
また、主人公の力も
“万能ではなく応急的なもの”として制限を入れています。
この制限が、後半の大きな展開につながります。
次の第12話では、
ついに主人公が“決定的な理解”に到達します。
ぜひブックマークして、続きも見ていただけたら嬉しいです。




