願い
毎晩、リリカは見張りの時間を俺と被せてきた。
今日もくるだろうと思ってたら、やはりリリカは隣に座った。
「今日も一緒だね?」
「もう七日も偶然が続いてるな」
冗談っぽく言うと、リリカがクスリと笑った。
(……何か、告白する気だな)
鈍感な俺でも、彼女のかしこまった表情を見ていれば、なんとなく考えていることくらいは分かる。
今日までのリリカの立ち振る舞いを見ていて、俺はその正体に薄々勘付いていた。
だが、今の距離感が心地よくて、それをあえて言わずにいた。
――狡い大人だな、と思う。
「……今日の戦いで、フィンは結界を使ったんだよね?」
「ああ。よく分かったな」
認めると、彼女は微笑んだ。
「分かるよ。全然いつもと違ったから」
「そんなにか。まあ、こっちの方ではそうなのかもな」
白夜結界の効果があまりに薄いこの地では、結界の効果も少しは分かりやすいのかもしれない。
「結界は瘴気に働きかける術だ。魔物の身体を構成する瘴気を脆くできる。だけど、白夜結界の効果が強い王都では、無価値な術だったよ。共に戦っていた仲間から寄生虫なんて言われても否定できないくらい、無価値だった」
「…………」
少し間を置いて、リリカが口を開く。
「グランフォード領はね。守りが堅いの。砦もあるし、騎士も訓練されてる」
俺は黙って耳を傾ける。
「それでも、犠牲は出るわ。畑に出た人が襲われたり、街道で命を落としたり……。領民を守るために騎士が犠牲になったり」
拳をぎゅっと握っている。
「備えは十分だって言われるたびに、「じゃあなんで助けられないの?」って思うの」
リリカは俺を見上げた。
「ねえ、フィン。グランフォードにちゃんとした結界があれば、救われる人はいるのかな? さっきの戦いのあと、ハインツとレオンは言ってたわ。魔物に対する剣の通りが違うって。あいつらの動きが鈍く感じたって。それって、結界の力なんじゃないの?」
「今まで結界師を呼ばなかったのか?」
「……何人も招いたよ。でもね、誰もグランフォードの守りにはならなかった。お金をもらって何日かしたらいなくなるんだよ」
「それは……」
結界は目に目えない。王都にも自称結界師はいた。いわゆる詐欺師と呼ばれる連中だ。
グランフォードには冒険者ギルドがない。結界を学べるのは王都の学院だけだが、向こうじゃ白夜結界が強すぎて学ぶ意義がない。
結界師が少ないのは構造的な理由だ。俺みたいに事情のある平民でもなければ、専攻しようと思う者はいないはずだ。
「魔導院から招いたこともある。でも、彼らは何も問題がないって言って帰ってく。皆、辺境のことなんか関心がないのかな」
それは、剥き出しになったリリカの本心だった。
備えているのに、手の平から命がこぼれていく。
それは、彼女にとって――領主の娘にとって、耐え難いことだったのだろう。
彼女はしばらく黙っていた。
泣きそうな顔を誤魔化そうとして、失敗した。
「……領主の娘リリカ・ヴァルグリムとしてあなたに依頼します。どうか、グランフォードから取りこぼされる命を救ってください」
「拝命しました」
もう、今までどおりに接することは許されない。
彼女は一瞬、悲しげに見えたが、もう表情には出さなかった。
「ねえ、フィン」
「何でしょうか」
「……もうすぐグランフォードに到着するけど、約束を忘れないで。それだけで、私は十分だから」
俺は言葉を返さず、ただ黙って頷いた。




