淀み
それから数日、旅は驚くほど順調に進んだ。
大きなトラブルもなく、天候にも恵まれた。
予定通りに村を経由し補給もできている。
騎士たちの顔からも最初の緊張が抜けてきた。
「この調子なら、あと二日もあれば領境だな」
ここまで誰一人欠けなかったこともあり、皆の表情は明るい。
ユルの咳もここ数日は聞いてない。
空気が明らかに緩んでいた。
――その中で。
俺だけが落ち着かなかった。
理由ははっきりしている。
瘴気の流れだ。
白夜結界の影響がさらに薄くなっている。
都市部から外れたことで、結界が弱まる範囲もあるだろうとは予測していた。
だが――
いくらなんでも瘴気が溢れすぎだ。
白夜結界は国土防衛の要であり、魔物に対抗する最も有効な手段だ。
それが、こんな歪な循環をしているなんて思いもしなかった。
俺が王都にいる結界師だからこそ、気づけた点だろう。
「……なあ」
小声でリリカに声をかける。
「少し急いだ方がいい」
「どうして?」
「魔素の浄化が追いついてない。魔物との戦闘になる確率が高い」
一瞬眉をひそめたが、リリカはすぐに頷いた。
「分かった。騎士たちに伝えるわ」
余計な質問はなかった。
少し肩の力が抜ける。
そのときだった。
――俺が張っている結界に、反応があった。
「魔物が来るぞ!」
即座に叫ぶ。
獣人の少女が馬車のなかで身を低くした。
次の瞬間、草むらが大きく揺れる。
そして、枝が折れる音が重なった。
「ついにお出ましか。行くぞレオン!」
「分かってる」
騎士への警告が早かったため、魔物側の奇襲にはならなかった。
相手は狼型の魔物だ。
数は三――いや、遅れて四匹目が姿を見せた。
多くはない。だが、動きが速い。
何より統率が取れている。
「馬車から出るな! 皆、一か所に固まるんだ!」
騎士から指示が飛ぶ。
だが、俺は馬車の外へ出た。
「あんた、やれるのか?」
「元冒険者だ。どの道、二人じゃ守り切れないだろ」
剣を抜いて意思表示すると、彼らは口元だけで笑みを浮かべた。
「頼もしいぜ、元冒険者さんよ」
「応援、感謝する」
剣を構えつつ、結界を張る。
結界の範囲は最低限。
――狭く、しかし密に張る。
「くるぞ!」
騎士の一人が叫ぶ。
が、魔物の跳躍がわずかに鈍った。
足下が悪かったのか? あるいは――
「今だ!」
騎士の剣が深く通る。
一体が地に伏す。
「今のは……」
「レオン、ぼさっとするな!」
騎士が違和感を感じたようだが、それを確認をする暇はない。
まだ残りは三体。
一体が、俺の方へ向かってきた。
距離は近い。
しかし、低級の魔物だ。
Aランクのダンジョンで目が肥えていたせいか、物足りなく感じる。
俺の剣が閃き、魔物を両断した。
「お見事!」
「あんたらは守りを固めてくれ」
相手のレベルは理解した。
俺でも対処可能な相手だと判断する。
攻めに転じ、動きが鈍い魔物を狙う。
数合打ち込み、喉を深く突いた。
その隙を逃さず、最後の一匹が襲ってきたが、読めていた動きだ。
あっさり袈裟斬りにした。
剣についた血を払い、鞘に戻す。
森に静寂が戻ってきた。
荷台からリリカが走ってくる。
「フィン! 怪我はない?」
「大袈裟だな。見てのとおりだ」
「もう、急に飛び出すから心配したわ」
獣人の少女や少年たちが、こちらを見ている。
俺が片手を挙げると、拍手が起こった。
(……こんなの初めてだな)
寄生虫と呼ばれパーティを追い出された俺が、戦力になれた。
今の戦い、あいつらが見たら何て言うかな。
「どうかした? やっぱりどこかやられたの?」
リリカに腕を引かれて我に返る。
「少し余韻に浸ってただけだ」
「そう。本当に無事でよかった」
リリカがほっと息を吐く。
「フィン、もっと誇っていいのに」
「誇れるほどのことはしてない。弱い魔物だったしな」
リリカは納得がいかないように唇を尖らせた。
「そういうところがあるって、覚えとくから」
「どういうところだよ」
「……フィンは知らなくていい」
俺は追及を諦めて降参した。
魔物なんかよりよっぽどリリカの方が手強いからだ。
女の子に拗ねられると、俺では対処が思いつかない。




