回復
――夜半。雪を含んだ風が石壁を叩く中、俺は塔の最上階で観測陣を見ていた。
これは、白夜結界の循環率を数値として吐き出す構築式だ。
俺はその数値を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……戻ったか」
昨日までは確かに落ちていた循環率が、今は平常域へ戻っている。
数値は正常。領内の魔物の動きも落ち着くはずだ。
しかし、その皺寄せは他領へ向いているはずだ。
王都の魔素循環率を落とすということは、ドラクシスの功績が消えることを意味する。
彼が魔導院長官という立場を守るために、他領が犠牲になることは避けられないだろう。
今までも、そうだったのだから。
俺は記録をつけると、塔をあとにした。
◇
「入れ」
重たい扉が開く。
俺はガルド卿の執務室に入り、丁重にもてなされた。
応接用のソファに案内され、湯気の立ったティーカップを侍女から受け取る。
グランフォード領に来たばかりの頃からは、考えられない待遇だ。
大人しく紅茶を飲んで待っていると、執務を切り上げたガルド卿が対面のソファに座った。
「ご苦労だったな。魔素の循環量を見てきたのだろう?」
「はい。魔導院への報告が功を奏したのでしょう。魔素の循環率が上がっていました」
「その割には浮かない顔だな」
顔には出してないつもりだったが、読まれたらしい。
「……白夜結界を解析していて、気づいたことがあります。現在、結界の一部に過負荷がかかっています」
「それは、魔素循環率を調整した影響か?」
「その通りです。王都周辺の魔素循環率を急激に引き上げた結果、結界が壊れかねない程の負荷が掛かっています」
これは、セリアから「王都で結界が働いていなかった」と聞き、解析を続けた結果分かったことだ。
「元々、緻密な調整によって成り立っている結界です。無理に弄れば白夜結界は自壊し、ルミナス王国は魔物への備えを失います」
ガルド卿が目頭を押さえた。
「まったく、次から次へと。魔導院の長官は何を考えておるのだ。気づいていないということか?」
「気づいていないのか、あるいは白夜結界を破壊するつもりなのかもしれません」
「破壊だと!?」
ガルド卿が前のめりになった。
まあ、驚くのも無理はない。
一般的にはその反応が正しい。
「結界を破壊すれば、今度は別の結界を試せます。それが自分の手掛けた結界であれば、誘惑には耐えられないかもしれません」
「恐ろしいことを……」
……研究者には、そういう人間もいる
目的の為なら手段を選ばない魔術師も珍しくない。
理想が高尚であればあるほど、歯止めが利かなくなるのだ。
良くも悪くも、俺の師はそういう思想からはずれた人だったが……。
「しかし、タイミングとしては良かったのかもしれんな。魔導院に送った手紙とは別に、王妃に送っていた手紙が功を奏したようだ。陛下が君に興味を持っている」
「私が、ですか……」
「埋もれるような才能ではないということだ。いい加減、自覚をせねばならんぞ?」
――まさか、この国のトップに興味をもたれる日がこようとは。
「仮に、王都に招かれるとして。正直、技術的な説明はできますが、私には社交の経験がありません」
「そのことについては、わしの方で考えがある。大事になってきたが、臆するでないぞ」




