未来を憂う者
――魔導院、長官室。
天井高く張り巡らされた魔法陣が淡く輝き、床一面には白夜結界の循環図が投影されている。
国土全域を網羅する巨大な術式網。
その一部が、わずかに揺らいでいた。
「グランフォード領より報告です。白夜結界の魔素循環率が低下した、と」
部下の魔術師、カシアス・ベルノートが控えめに告げる。
椅子にもたれたまま、私は顎を撫でた。
「……誰が気づいた?」
「詳細は不明ですが、現地の結界師が確認したと」
白夜結界は失われた技術によって構築されている。
現代の魔術師が束になったところで、解析できるような代物ではない。
アルセリオ・ノクティスという天才によって構築された術式は、私ですら全容を理解するのに半生を費やした代物だ。
その一端を解析できるものなど、私の他には放浪の賢者くらいしかいないはずだった。
「エルンストかもしれんな……」
古い友人の顔を思い出して嘆息する。
おおかた、アーサー陛下辺りに使われているのだろう。
あれだけの才覚がありながら、なぜ研究に没頭できる環境を整えないのか、私には不思議でならない。
「グランフォードへは、点検のために稼働率を下げていたと説明しておけ」
「承知しました。では、さっそく対処いたします」
カシアスは丁寧に礼をして退室した。
(……田舎の結界など今はどうでもいい。問題はこちらだ)
王都の迷宮内部において、循環率の低下が発生している。
「……過度な循環で綻びが生まれたか」
古い結界術。
旧式の理論。
時代は進んでいる。
白夜結界は改修されるべきだ。
私の構築式が実現すれば、今の王都並みの循環率を、辺境にも反映できるようになる。
少し比率を弄っただけで自壊する術式など、私に言わせれば未完成だ。
「……新たな構築式は既に完成しているというのに」
これが認可されれば、人類は魔物の脅威から解放される。
長きにわたって続いていた戦いに終止符が打たれるのだ。
「爺共め……さっさと認可を出さんか」
安定を理由に変革を拒む保守派の老害共のせいで、改式案は停滞している。
ただ停滞するだけでは、緩やかな衰退と何ら変わらない
今が再構築の時だ。
……だというのに、なぜそれが分からないのか。
こういうとき、同志がいればと思う。
私は私利私欲のために魔導院の長官の座についたのではない。
グランフォードをはじめとした幾つかの領を犠牲にしたのも、この国の未来を考えてのことだった。
白夜結界は国家の要であり、だからこそ今までは聖域とされてきた。
しかし、それではもう時代遅れなのだ。
私の寿命が尽きる前に、何としても術を構築し直す必要がある。
このドラクシス・ヴァルディーンの名を歴史に刻み、恒久平和を実現する為にも……。




