誓い
城の中庭は、昼下がりの光に包まれていた。
一昨日までの騒動が嘘のように、空気は穏やかだ。
風に揺れる木々の葉が、柔らかな影を石畳に落としている。
その中央に、リリカが立っていた。
「フィン、ネネから呼んでくれたって聞いたけど……どうしたの?」
こちらに気づいたリリカが、小さく首を傾げる。
いつものドレス姿。
きっと彼女はまだ気づいていないのだろう。
今日、俺が大切な話をしようとしていることを。
俺は一度だけ深く息を吸った。
「リリカ」
名前を呼ぶと、彼女の背筋がぴんと伸びる。
「昨日、ガルド卿とセレスティア夫人と話をしてきた」
「……うん」
リリカの表情が少しだけ緊張する。
「次期領主候補の話を、正式に受けることにした」
一瞬、リリカの瞳が見開かれた。
それから、すぐに嬉しそうに笑う。
「本当!? すごい……フィン!」
今にも駆け寄ってきそうな勢いだったが、途中でぴたりと足を止めた。
俺がまだ何か言おうとしているのを察したらしい。
「……まだ、続きがあるの?」
「ああ」
自然と背筋が伸びる。
これは、人生で一番大事な言葉だ。
逃げるわけにはいかない。
「俺は、爵位を持たない平民だ。親の顔も知らずに育った孤児だし、君と釣り合うものがあるかは分からない。だけど、リリカのことを愛してる。そのことだけは、自信を持って言えるんだ」
一度言葉を切って、リリカの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「俺の人生を、君に捧げさせてほしい」
リリカは何も言わず、ただ真っ直ぐこちらを見ていた。
だが、理解が追いついたのだろう。
彼女の瞳が揺れた。
「それって……」
「ああ。正式な婚約をしたい」
彼女の唇が小さく震える。
それから。涙がこぼれた。
「……うれしい」
その顔は泣きながら笑っていた。
「フィンが私を選んでくれて嬉しい」
真っ直ぐに見上げてくる。
「喜んでお受けします」
胸の奥が熱くなる。
言葉が出なくなるほど。
「……フィン」
リリカが小さく呼ぶ。
「目、閉じて」
「え?」
少し戸惑った瞬間だった。
リリカが背伸びをした。
柔らかな感触が、唇に触れる。
「……っ」
離れた瞬間、リリカの顔が真っ赤になる。
「……婚約のキスだよ」
恥ずかしそうに俯きながら言う。
俺はしばらく動けなかった。
それから、ようやく息を吐く。
「……リリカ」
「なに?」
そっと腕を伸ばしてくる。
俺は迷わず抱き寄せた。
リリカは少しだけ驚いてから、ふわっと笑った。
暖かな風が、中庭を通り抜ける。
二人の未来は、まだ始まったばかりだ。
俺はこの娘と生きていく。
この領地を守りながら。
リリカの隣で……。




