野営
日が落ちる前に野営の準備に入った。
街道から少し外れた林の縁。
焚き火を中心に据え、騎士たちが周囲を確認する。
獣人の少女はいつの間にか木の上に登り周囲を警戒していた。
手慣れている者と、そうでない者の差ははっきりしている。
子供たちは明らかに疲れていた。
弟のユルが焚き火のそばで膝を抱え、時折、小さく咳き込んでいる。
「……寒いか?」
声をかけると首を縦に振った。
顔色が蝋のように白く、唇も少し青い。
このままだとグランフォードまで保たない可能性もある。
「大丈夫です。僕は平気ですから」
「本当か?」
「大丈夫なので、置いていかないでください」
「そんな心配するな」
ユルの頭を撫でてやる。
騎士の一人が言った。
「可哀想だが、我々にできることは少ない。見守るしかないだろう」
騎士が二人で手分けして配給を配り始める。
確かに正論だが、それで済む話でもないだろう。
俺は革袋を下ろし、簡単な調理の準備を始めた。
干し肉と乾燥野菜。野営用としては、ごく普通の食材だ。
「……フィン?」
リリカが近づいてくる。
「何をするの?」
「温かいものを作る。腹に入れば少しは違うだろ」
「この食材どうしたの?」
「荷物持ちの名残だ」
料理は得意と言うほどじゃないが、冒険者をやっていれば嫌でも覚える。
鍋に水を張り、火にかける。
乾燥野菜を放り込み、干し肉を食べやすい大きさに刻む。
鍋に肉を投入したところで、一瞬手が止まった。
革袋の奥。
小さな包みがある。
中身は香辛料で、王都にいたときに買ったものだ。
保存が効くし、売ればそれなりの金になる。
次の仕事の当てもない今、正直、貴重品だ。
だが、鍋の中を見て迷うのはやめた。
布を解き、振り入れる。
香りがふわりと立ち上った。
「……いい匂い」
焚き火の周囲の空気が変わる。
「皆、集まってくれ」
俺は鍋を下ろしながら声をかけた。
騎士たちがこちらを見る。
子供たちも、亜人の少女も、鍋の匂いに釣られて近づいてくる。
「何を始める気だ?」と騎士の一人が言う。
「飯にしよう」
「配給は乾パンだけのはずだが」
「温かいものがあった方がいいだろ」
それ以上は説明しなかった。
集まった連中の椀に注ぎ始める。
最初に子供たちとリリカに。
次に大人連中。
最後に――
「お前もだ」
遠巻きに様子を見ていた獣人の少女に、そう声をかける。
一瞬、きょとんとした顔をした。
「……あたしも?」
少し間を置いてから、彼女は静かに輪に入った。
受け取った椀を見つめ、匂いを嗅ぐ。
「……人間の飯だと思った」
「人間も獣人も、腹は減るだろ」
なんとなく、ぶっきらぼうな言い方になった。
彼女は一瞬黙り込み、それから小さく笑った。
「……変な人」
だが、その声は柔らかかった。
全員が椀を手にし、焚き火の周りに座る。
自然と会話が増え、最初は目も合わせなかった連中が談笑してる。
ユルは少し震える手で椀を持ち、少しずつ口をつけていた。
「……あったかい」
それだけ言って、ゆっくり飲む。
兄のカイルは、何度もこちらを見て言葉を探しているようだったが、俺はあえて視線を逸らした。
礼を言われるのは得意じゃない。
食事が終わる頃には、場の空気が少し緩んでいた。
焚き火の音と、静かな空気だけが残る。
子供たちはそのまま眠りについた。
夜が更け、起きているのは俺とリリカだけになる。
交代で仮眠を取ることになったが、なぜかリリカは俺を相方に指名した。
護衛の騎士が反対するが、リリカは聞かなかった。
俺の方が彼らに申し訳ない気持ちになる。
「……さっきの香り」
焚き火を見つめたまま、リリカがぽつりと漏らした。
「安いものじゃないでしょう?」
「分かるのか」
「だって、フィンの手が止まってたもの」
気づかれてたと思い、罰が悪くなる。
「どうして使ってくれたの?」
「香辛料が欲しい。そういう気分だったんだよ」
「…………」
はぐらかそうとしたが、リリカの視線に押し負ける。
俺は観念して打ち明けた。
「病人もいたからな。栄養をつけさせないと、何かあったら嫌だろ?」
「そっか」
リリカは隣で肩を並べて嬉しそうにしてる。
「フィンって優しいよね……」
「やめてくれ。今回限りだ」
「誰かが困ってたら、きっとフィンは声をかける。ユルに話しかけたみたいに」
怖いくらい純粋な娘だ。
そんなふうに混じり気なしに信頼されたら、そう行動するしかなくなる。
俺にできるのは予防線を張ることだけだった。
「おだてたって何も出ないからな」
「分かってるよ。ちょっと貧乏そうだもの」
「お前なぁ……」
呆れるが、リリカが笑ってるので良しとする。
しめっぽい空気よりはマシだろう。




