勝負の夜※ラグス視点
廊下に出ると使用人を見つけた。
若いメイドで、一目で獣人だと分かった。
(へえ。顔は可愛いな。獣人だが、こいつは例外的に俺の女にしてやってもいいかもな)
「おい、そこのメイド」
「なんでしょうか」
「実はリリカ様から、王都での冒険譚を聞きたいと言われてな。部屋に案内してもらえないか」
嘘をつくのなんか、息をするより簡単だ。
だが、使用人は首を横に振った。
「申し訳ありません。旦那様より、夜分は誰であれ部屋に入れないよう仰せつかっています」
「……は?」
苛立ちが募る。
「俺は客だぞ。それに、呼んだのはリリカ様だ。お前、あとから罰を受けるぞ」
「構いません。リリカお嬢様を守って罰を受けるのであれば後悔はないです」
「こいつ……」
獣人は嘘が苦手な連中だ。
感情を乗せずに真っ直ぐに目を覗かれて、不快になった。
「客人に対して無礼な態度を取りやがって。お前みたいな獣人、よほど物好きじゃねえと雇ってもらえねえよ。ここをクビになったら行き先なんかあるのか? あ?」
「だからこそ、私を雇ってくださったリリカお嬢様には恩義があります。危険は遠ざけます」
「てめえ……! 俺が危険だと!? この魔物モドキが!」
反射的に手が出そうになった時だった。
「……ラグス?」
背後から聞き覚えのある声。
振り返ると、そこに立っていたのはセリアだった。
相変わらず整った顔立ち。
冷たい印象の中に、妙な色気がある。
(……こいつも、悪くねぇ)
もし、ここで返り咲けたなら。
フィンを叩き潰して、俺が中心に立てば――
リリカも、セリアも。
この生意気なメイドも。
全部、俺のものだ。
「なに熱くなってるのよ」
「いや、この獣人が生意気でよぉ。リリカ様の部屋は教えないの一点張りだ。参ったぜ。俺はリリカ様に呼ばれて、部屋に行こうとしてたのによ」
「あら、それは困ったわね。ネネ、あとはあたしの方で対応するわ。あなたには別の仕事を頼みたいの。……行ってくれるわね?」
「わかりました」
獣人がいなくなって、気分が楽になる。
「リリカお嬢様に会いたいのね」
「ああ。話がある。あいつはフィンに騙されてるんだ。俺が目を覚まさせてやらないと。つーか、冷静に考えて俺の方が釣り合うと思わねえか?」
セリアは頷いてから、廊下の奥を指した。
「……あの部屋よ。今夜はそこにいる」
拍子抜けするほどあっさり教えられた。
「ずいぶん親切じゃねぇか。何か企んでるのか?」
「まさか。あなたの人間性を信じているだけよ」
「へえ。お前、相変わらずいい女だな」
近づき、肩に手をかけようとすると――
すっと距離を取られる。
「私に触れていいのは、フィンだけだから」
「……あ?」
頭の奥で何かが弾けた。
分かってたことだが、この女までフィンか。
「あいつはリリカ様に夢中だぜ? お前に入り込む余地はないんじゃねーの?」
「それでもいいわ。あたしはただ、個人的な思いでフィンに操を立ててるだけ。心だけでも、あの人のものでありたいの」
「馬鹿な女だな」
苛立ちを押し殺し、俺は廊下の突き当りに向かった。
俺に靡かないセリアの相手なんかしても、時間の無駄だ。
扉の前に立つ。
ノックをすると、扉が開いた。
「会いに来ましたよ。リリカ様――」
「リリカに何の用だ」
扉の先に居たのはフィンだった。
一瞬、セリアに騙されたのかと思う。
だが、違った。
そうじゃない。
リリカの部屋に、フィンがいるんだ。
寝間着姿のリリカが、フィンの背中にしがみついている。
両腕で逃がさないように。
一部の隙もなく身を寄せている。
それは、全幅の信頼だった。
視界が赤く染まる。
「……ふざけるな」
「こっちの台詞だ。どうしてお前がリリカの部屋を訪ねる」
「俺の方がリリカ様に相応しいからだよ! 結界師より、元英雄の俺の方が絶対にいいんだ! リリカ様、分かってくださいよぉ。Aランクになれる冒険者はそうそういない。そいつはBランク止まりなんですよぉ」
「知らない。……興味ない」
「興味ないじゃねーよ! 俺とフィンじゃステージが違う! 俺を選んだ方がいい! 絶対に後悔はさせない!」
フィンが怯えるリリカを抱きしめて頭を抱いた。
リリカはそんなフィンに女の顔で甘えている。
(……ありえない! 俺の方が相応しいのに!)
こうなりゃ、フィンを排除するか。
一歩踏み出そうとした瞬間。
「ひっ」
いつの間に抜いたのか、喉元に剣を突きつけられていた。
(……あ、あり得ないだろ。こいつ、こんなに強かったのか? じゃあ、なんで結界師なんかしてたんだ? ずっと一緒に居たのに、意味が分からねえ。何を考えてたんだ?)
「動くな!」
いきなり騎士たちに取り押さえられ、まるで犯罪者みたいに頭を床に押さえつけられた。
「え? な、なんだてめえら」
「リリカお嬢様の寝室に忍び込もうとした賊め!」
「違っ! つーか、こいつ見ろよ! フィンだって忍び込んでるだろうが!」
問答無用で持ち物を改められる。
ヤバい……!
今は、あれを持ってきてる。
万が一のときのことを考えて、黒い小瓶を――
「ふざけんな! 勝手に触ってんじゃねえぞ!」
「暴れるな!」
揉み合いの中で、ポケットから小瓶が転がり出た。
「やっ……それに触れんな!」
「ガルド卿、怪しげな小瓶を持っていました」
騎士の声に釣られて見上げる。
ガルド卿が俺を睨みつけていた。
「どうしてここに領主が……」
「隣の部屋にいたのだ。今宵は何が起きてもおかしくはないと思っていたからな」
「違います! そいつがお嬢様の部屋に入ってくのが見えたんで、助けなきゃと思って……」
ガルド卿はフィンを一瞥すると、無視して言葉を続けた。
「愚か者め。彼はわしが手配した護衛だ。貴様は厳正に裁く」
「お父様、フィンが守ってくれました」
「そうか……。やはり期待に応えてくれる男だな。よくぞ娘を守り通してくれた」
床に押さえつけられながら、領主に称えられるフィンと、その背に幸せそうに寄り添うリリカの姿を見る。
なんだコレ。俺がそっちにいるはずだったのに……。
(……こんな世界、間違ってるだろ!)




