不安と温もり※リリカ視点
晩餐会が終わったあと、私は両親に時間を作ってもらった。
理由は、晩餐会で感じたラグスの視線。
粘つくようで、息が詰まりそうな。
ラグスの目は、フィンのそれとはまったく違っていた。
フィンからは――
私を見守るような温かさを感じる。
でも、ラグスの視線は違う。
私を所有する対象として見ている。
それが、はっきり分かってしまった。
怒りと、彼に対する恐怖がある。
「……お父様。お母様」
今から伝えようとすることは、とても勇気がいることだった。
声が震える。それでも、逃げるわけにはいかなかった。
「お願いがあります」
お父様がすぐに表情を変える。
お母様は黙って私の言葉を待ってくれた。
「……今夜だけでいいんです。フィンを、私の傍においてもらえませんか」
「理由を聞かせなさい、リリカ」
「反対されるのは分かっています。でも……一人でいるのが、どうしても耐えられません」
これは本能的な恐怖に近いものだ。
あの男は、何か行動を起こす。
そういう直感があった。
「今夜はフィンがいないと……身を守れる自信がありません」
母様が立ち上がり、私の肩に手を置いた。
「フィンも殿方です。冷静で思慮深い者でも、本能には抗いきれませんよ。見たくない側面を見ることになるかもしれません」
「……フィンを信用します。それに、彼となら後悔しません」
お父様は深く息を吐き、視線を落とす。
「私とセレスティアでは駄目なのか」
「彼と乗り越えたいです」
お父様が瞠目する。
決して、簡単に決断できることではないと分かる。
それでも、お父様は決断を下してくれた。
「……分かっているとは思うが、何かあればわしはフィンとの関係を見直さなければならない。そのことは分かるな?」
「はい。お父さまの信頼は裏切りません」
ハッキリと言い切る。
私もそこまでは望んでない。
今は、まだ。
この関係は、大事に育てていきたい。
「そうか。ならば、フィンを呼ぼう」
「お父様……」
「それと、私とセレスティアも隣の部屋で休む。何か違和感を感じたらすぐに駆けつけるから、そのつもりでいるように」
胸がいっぱいになって、言葉が出なかった。
◇
扉がノックされ、フィンが入ってきた。
その姿を見た瞬間、足の力が抜けた。
我慢していた涙が止まらなくなる。
「リリカ……?」
駆け寄りたくて、でも身体が動かなくて。
その場にしゃがみ込む私の前に、フィンが膝をついた。
「……ごめんなさい。私、フィンに酷いお願いをしてる」
「謝らなくていいさ。俺は自分の意思でここにきたんだ」
「まだ心の準備ができてないの。フィンを受け入れることはできそうにない。でも、一緒にいてほしいの」
声が震える。
「一人にしないでほしい。もし、手を出されても……許すから……」
フィンは何も言わずに抱きしめてくれた。
力任せじゃない、優しいフィンの抱き方だ。
少し、いつもより腕の力が強い気がするけれど。
怖さがなくなってくる。
それどころか、幸せで。
フィンの匂い、温もりにぎゅってされて、私もしがみつく。
自分の身体が熱くなってる。
「フィン。好き」
「リリカ……」
フィンは空気に流された私を少し遠ざけると、深呼吸をして自分の頬を叩いた。
「俺は大人だ。俺は大人だ。リリカを大事にできる。耐えろ俺。離れないために耐えろ」
呪文みたいなことを言ったあと、フィンは「まだリリカには早い」と言った。
それから、私をベッドに運んで、毛布で包んでから抱きしめてくれた。
「今夜は何もしない」
「……平気なの?」
「俺のことはいいんだよ」
その声が、あまりにも落ち着いていて。
胸の奥の恐怖が少しずつ溶けていった。
「……私のこと嫌いにならない?」
「馬鹿なこと言うな。愛してるし、誰にも譲る気はないよ」
即答だった。
「こうして選んでもらえた。それだけで十分だ」
その言葉に、涙がまた溢れた。
「……フィンを選んでよかった。私が大人になったら、待たせた分、何でもしてあげるね?」
「あーもう、天使すぎる。そんなこと言われたら何が何でも守るしかないだろ」
少しだけ、フィンの腕に力がこもる。
私は安心して目を閉じた。
でも、もう一度だけ目を開けると、フィンは苦笑いしていた。
「……守ってやるからな。俺自身からも」
フィンへの感謝が溢れて。
ちょっとだけ距離を詰めて。
「……っ」
唇に触れるだけのキス。
「リリカ、お前……」
「無事に戻ってきたら、いいものあげるって言ったでしょ?」
「はぁ……もう、どうにでもしてくれ」
フィンからもお返しのキスをもらう。
私は目を閉じたけど、薄く目を空けたらフィンはしっかりと私の顔を見ていた。
「リリカ……その、こういうスキンシップはこれからもしていいか?」
「いいよ。そのかわり、絶対に浮気したらだめだからね?」
「……こっちは完全に落とされてるんだよ」
珍しく、フィンの情けない声が聞けた。
「私のこと好き?」
「そんなこと聞いてくるところが可愛いよ」
この人となら、大丈夫。
そう信じられる夜だった。
――フィンの熱に包まれながら、私は眠りに落ちた。




