晩餐会
晩餐の席は、表向きは和やかに整えられていた。
長い食卓に並ぶ料理は、領主家の客人として迎えるのに申し分ない質と量を誇っている。
ガルド卿が上座に座り、その隣にセレスティア夫人。
リリカは母の側に控え、少し緊張した様子で背筋を伸ばしている。
そして――
その向かいに、ラグスが座っていた。
「いやぁ、こんなに歓迎してもらえるとは思いませんでしたよ」
乾杯が終わるや否や、ラグスは空気を読まずに語りだした。
「あのくらいの魔物、大した敵じゃありませんが。さすがに一人で倒すのは骨が折れましたね」
ガルド卿は眉を動かさず、淡々と応じた。
「今回の討伐、感謝はしている」
「いえいえ。冒険者として培った力をグランフォードのために活かせて光栄です」
「……そうか。今回の討伐に対して、望む褒賞があれば用意するが、希望はあるか?」
ラグスは迷う素振りを見せたあと、チラリとリリカに視線をやった。
……嫌な予感がする。
「お嬢様と一曲踊らせていただけませんか?」
「おい、やめろラグス」
貴族の令嬢をいきなり誘うなど、あまりに失礼な振る舞いだ。
制止しようとしたが、ラグスは「嫉妬してるのか?」と意に返さない。
ガルド卿は冷静に応じた。
「理由を言いたまえ」
「実はお嬢様に一目惚れをしました。美しいリリカ嬢。どうか、あなたと一曲踊らせていただく名誉を与えていただけませんか? 俺にはそれだけで十分です」
――王都であれば馬鹿にされるような直情的な物言いをラグスはしている。
それは、過信とも受け取れる態度だった。
リリカが自分に落ちると確信しているようだったが、彼女の返事は冷めきっていた。
「お受けできません。私には、将来を誓った相手がいます」
「……ほう。それは、まさかフィンではありませんよね? この男だけはやめた方がいい」
リリカが信じられないと言いたげに睨む。
しかし、笑みを浮かべたラグスは更に饒舌に語り始めた。
「誤解しないでください。俺個人としては、フィンのことを可愛がってましたよ? 誰もが無能と呼んだこの男を、俺だけは見捨てなかった」
自分の言葉に酔うように、ラグスは続ける。
「ですが、もしフィンの実力を誤解してるなら、早めに改めた方がいい。この男は冒険者とは名ばかりで、冒険譚とは程遠い男です。リリカお嬢様、フィンはあなたにどのような冒険譚を語りましたか? その話の出自は、恐らくこの俺です」
セレスティア夫人が静かにワイングラスを置く。
「リリカ、遠慮はいりません。フィンがあなたにどのような冒険譚を語ったか、この者に聞かせてあげなさい」
「はい、お母様。フィンは、あなたと違って自分の過去を誇らしく語ったりしません」
「へ? あ……そうでしたか。まあ、誰かに語れるような仕事はしてませんでしたからね。彼はBランクですし」
気まずそうにラグスが視線を彷徨わせる。
リリカは、怒りを堪えるようにラグスを睨みつけた。
「フィンがグランフォードで取り組んでくれたことを、私は誇らしく思ってます」
「あー、いや、もっと人を疑った方がいいかもしれませんよ。嘘の上手い奴って巧妙に人を騙すんで。俺の王都での活躍は記録もあるんで本物ですけど」
リリカは怒りを通り越して呆れてしまった。
開いた口が塞がらなくなってる。
「ラグス。あなたは腕に自信があるようですが、直接的な武勇だけが、領を守る力ではありませんよ」
夫人が冷静に告げるが、ラグスは尚も持論を訴えた。
「いやいや、奥様。現場じゃ、剣と胆力が物を言うんです。結局、最後に頼れるのは俺みたいな戦える男です」
ガルド卿がゆっくりとナイフを置いた。
「……ほう。君は、自分がフィンより役に立つと、そう言いたいのかね?」
「大して効果のない結界よりは、役立てる自信がありますよ」
完全に地雷を踏み抜いている。
ガルド卿は深く溜息をついた。
「……君の言う大して効果のない結界がないばかりに、多くの領民が命を落としてきた」
「はい? 何を仰ってるんですか。白夜結界があるじゃないですか」
「その程度の認識でよくフィンを笑えたものだ。君は、白夜結界の構造を解析することができるのかね?」
ガルド卿の問いに、ラグスが一瞬言葉に詰まる。
「こいつにそんなことできるはずが――」
「フィンはそれを成し遂げた男だ」
ラグスは笑おうとしたが、引き攣った表情のまま固まる。
「……ま、まあ。元気にやってるようでよかったです。フィン、お前が認められているようで安心したよ。王都では誰も認めてなかったからな」
「ラグス、誰もそんな話は聞きたがってない」
「はは、あんまり俺が喋るんで焦ってるんですよこいつ。フィン、大丈夫だって。これ以上は何も言わないからさ」
意地でも俺を貶めたいのか?
そんなことをしても無駄だ。
彼らは自分の目で見て判断をする。
いくら俺を貶めたところで、それでラグスの評価が上がるわけではない。
宴は形式的に続いたが、その場にいた誰もが、ラグスのことを軽蔑した。
だが、当人は態度を改めなかった。
彼の眼はリリカへ向いており、粘つくように視線が見ていて不快だった。




