心証
晩餐の準備が進む城内は、どこか落ち着かない空気に包まれていた。
使用人たちは粛々と準備を進める。
皿を運び、銀器を磨き、テーブルを整える。
だが、心の内では誰もが分かっている。
今日の客は、招かれざる客だと――
殺伐とした空気の廊下を抜けて、俺は執務室の扉を叩いた。
急いで来てほしいと言われ、装備を解いたあとにその足で向かった格好だ。
「フィンです」
「入ってくれ」
すぐにガルド卿の声が返ってくる。
中に入ると、領主夫妻が向かい合って座っていた。
リリカも、その隣にいる。
俺は軽く頭を下げた。
「呼ばれたと聞きました」
「うむ。よく来てくれた。帰還したばかりですまんな」
ガルド卿は腕を組んだまま、申し訳なさそうに言う。
「晩餐の件だが。……実に面倒なことになった」
やはりその話か。
今日の客人――ラグス。
魔物討伐の功績を理由に、晩餐へ招くことになった男だ。
「正直に言おう」
ガルド卿はため息をついた。
「本来なら、招きたくない」
まあ、俺が逆の立場でも同じ考えを持つと思う。
執拗に「招け」と喚く客を家に入れたいとは思わないはずだ。
「ラグスがAランクの肩書を持っていなければ、私たちも理由をつけて断ったでしょうね」
セレスティアも遠慮なく続けた。
その顔には、珍しく明確な拒絶の意思が感じられる。
それだけ、嫌悪感を抱いているのだろう。
「ですが、あの者のランクはあなたも知っての通りです。ヴァルグリム家が冒険者に敬意を払えないと思われるのは、本意ではありません」
冒険者は国家や諸侯に雇われているわけではない。
だが、魔物を狩るという意味では騎士団と同等の存在だ。
その象徴がAランク冒険者ということになる。
Aランクは、冒険者ギルドの看板だ。
国に3人しかいないSランクほどではないが、その影響力は決して小さくない。
彼らは依頼中であれば、王城に立ち入る権限すら与えられている。
つまり、辺境伯であっても無視はできない。
ガルド卿が俺を見る。
「フィンよ。君にも晩餐会に同席してほしい。ヴァルグリム家はラグスを信用していないが、受け入れざるを得ない状況だ。君がいてくれると心強い」
「どうか、私たちの不安を取り除いてくれませんか?」
セレスティアからも頼まれる。
リリカは申し訳なさそうにしているが、俺に居て欲しいのは同じだろう。
「領主家の陰の守護者、というところでしょうか」
俺が言うと、ガルド卿は深く頷いた。
「君だけが頼りだ」
リリカがこちらを見る。
少しだけ不安そうだった。
「フィン……」
「問題ありません」
俺は肩をすくめる。
「食事をするだけなら、断る理由もないでしょう。任せてください」
「おお、そうか。フィンならそう言ってくれると信じていた」
三人が顔を見合わせて安堵の吐息を漏らす。
「晩餐会の席でラグスが無理を言ったときは、どのように対応しますか?」
「招いてさえしまえば、過度にもてなす必要はない。Aランク冒険者としての品位を落とすような言動があれば、むしろそれを理由にギルドに報告することができる。避けたいのは、我々が冒険者を無碍に扱ったという風評だ」
「分かりました。何かあったときは、私も証言します。元冒険者ですが、本部長には伝手があるので頼ってください」
「そうか。それは頼もしい」
「あなた、やはりフィンを頼って正解でしたね」
リリカが俺の隣にきて、手を握ってきた。
「私からも、ありがとう」
俺は焦ったが、いつかのように激怒したガルド卿から肩を掴まれることはなかった。
「フィンよ。リリカはまだ幼い。誠実に付き合うのだぞ」
「……はい。もちろんです」
親が公認というのは、何ともこそばゆい。
今日の晩餐はただの食事では終わらないかもしれない。
そう思いつつも――
いや、そう思うからこそ、俺は彼女たちを守るという決意を固めた。




