旅立ち
集合はその日の夕方だった。
王都の南門近く。 簡素な馬車が二台、並んで停まっている。
装飾はないが整備は行き届いていた。
「集まったのは、これで全員ね」
そう言って、リリカは周囲を見渡した。人数は多くない……というか、少ない。
入植団というより、少数の移民と最低限の護衛だ。
俺のほかにいたのは、六人。
まず目についたのは、獣人の少女だった。
ネコのような縦長の瞳。身軽そうな装いで、腰には短剣。
視線だけで俺を値踏みしている。
残りは若い男が二人。誰とも目を合わせず俯いてる。
あとは子供が二人。こちらは兄弟らしく、顔立ちが少し似ている。
「俺はカイル。こっちは弟のユルです」
「よろしくお願いします」
視線をやったら、丁寧に挨拶をされた。
二人とも薄汚れており、枯れ枝のように線が細い。
命をかけてでも今回の旅路に参加した理由が分かった。
路上で野垂れ死ぬよりはマシと考えてのことだろう。
「道中の警護は、こちらで担当します」
そう言って、甲冑姿の騎士が一歩前に出る。同じ装備の騎士が、もう一人。
数は少ないが、実戦慣れしているのは身のこなしで分かった。
「無理な戦闘は避けるわ。生きて辿り着くことが最優先だもの」
リリカの声は幼いがはっきりしている。誰も異論はない。
「あなたも戦力として数えていいの?」
「俺は結界師です」
リリカに答えると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「結界師だと戦力に数えられないの?」
「戦えないこともないですが」
「じゃあ、いざというときは頼らせてもらうから。皆を守ってあげて」
リリカは素直に頼ってきた。
誰かに期待されるのは久しぶりな気がする。
「あなた名前は?」
「ネネだけど」
「よろしくネネ。困ったことがあったら何でも言ってちょうだい」
リリカは亜人の娘にも気さくに話しかけた。偏見はないらしく、よくできた娘だ。
(……身なりはいいが、お貴族様ってことはなさそうだな。商人の娘か?)
疑問に思いつつ、馬車に乗り込む。
ほどなくして、馬車が動き出した。
王都の石畳を抜け、舗装の甘い道へ。
進むにつれて空気が少しずつ変わっていく。
走り出して一時間も経つと、白夜結界の影響が薄れているのを感じた。
魔力の流れが荒く、偏りがある。
王都では感じなかった“素の世界”に近い感覚。
これが、王都を出るってことなんだな。
「フィン、ちょっといい?」
隣に座っていたリリカが小声で話しかけてきた。
「何でしょう」
「どうして私に敬語を使うの?」
「騎士たちに倣うべきかと」
「彼らは雇用関係に従ってるだけなの。フィンは楽に話していいんだよ?」
「そういうことなら。……今後は楽に話させてもらう」
リリカが笑みを浮かべた。
悪戯が上手くいった子供のような笑顔だ。
「ねえフィン。さっきから外を見てるけど、何か気になるの?」
「王都に比べて瘴気が多すぎる」
「何にも見えないけど」
「結界師には見えるんだ。そういう素質があるから」
なぜ、瘴気が見えるのか?
そういう体質だからとしか言いようがない。
「瘴気って危険? 身体に悪いの?」
「身体への影響は分からないが、魔物に遭遇するリスクは高くなる」
首を傾げるリリカに説明する。
「リリカは魔物が生まれる仕組みを知っているか?」
「大気中の魔素が結合して魔物になる……だったかしら」
「そうだ。魔素は使われずに溜まり続けると瘴気に変わる。瘴気が結合して魔物を生成する前にろ過するのが、白夜結界の役割だ」
説明を聞いていたリリカがウンウンと頷いた。
「なるほど。つまり、今はろ過装置の効果が薄いから魔物に遭遇しやすいってことね? あ、でもここにはフィンがいるじゃない。フィンが結界を張ってたら、新たに魔物が生まれることもないんしゃない?」
「あのなぁ。ここからグランフォードまで何日かかると思ってるんだ」
「村をいくつか経由しながらいくから、九日くらい?」
「その間、結界を維持し続けろと? どんな苦行だよ」
嫌味っぽく伝えてやると、リリカはなぜか吹き出した。
「ふふ、フィンって思ったより性格悪いんだね」
「お前もなかなかだぞ」
「ふふっ」
何がおかしいのか、リリカは笑い続ける。
変わった娘だなと思いつつ、再び外に視線をやった。
リリカには細かく説明しなかったが、白夜結界の効果が予想以上に薄い。
都市部から離れたとはいえ、循環がここまで働かないなんてことがあるだろうか?
白夜結界の管理は、魔導院に属する魔術師たちの管轄だ。
高尚な学問を修めた連中が管理してるのだから、問題はないと思いたいが。
ふと、俺に結界術を教えてくれた先生のことを思い出した。
エルンストがこの有様を見たらなんて言うだろう。
『下手くそめ。わしにやらせてみろ』
『どうだ。貴様の術がゴミカスだとよく分かったか』
『結界の効果だと? ないと思うならやめてしまえ。若造が』
(……ろくな思い出がないな)
口は悪いし手は出るし、うまくできてもマグレだとかいって研鑽を怠るなと叱咤してくる。
とんでもない先生だが、腕だけは一流だった。
……俺の本分じゃないが、「危険感知」くらいは使うか。
先生から受け継いだのは結界に付与効果を与える術式だ。
と言っても、戦力を底上げしたりとか、そんな便利な効果はない。
危険を察知したり、物音を消したり、その程度の術式だ。
通常の結界より消耗は少ないし、これくらいなら維持できる。
旅の仲間として、最低限の義理は果たそう。




