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無能と追放された結界師、辺境伯の娘に拾われて年の差婚する  作者: かにょん


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調査

 城の一室を借り受け、机の上に地図を広げる。

 グランフォード領全域――山、川、街道、迷宮、廃村。

 できる限り正確な地図が必要だったが、それらはガルド卿の指示を受けた文官から提供された。


 俺は地図の上に白夜結界の循環経路を引いていく。


 結界の調査を命じられた俺がまず取り組んだのは、結界の可視化だった。

 地脈を生命線として張り巡らされたそれを、丁寧に探り当てて地図に書き起こす。


 調査の途中で元パーティメンバーのセリアが会いにきたが、俺は時間を取れないと言って丁重にお引き取りいただいた。


 リリカにも会えてないのに、俺を追放したパーティメンバーに時間を割くなんてあり得ない話だ。

 結界の可視化が終わったあと、俺は魔素の循環量を数値として洗い出した。


 ――そして、ある事実に気づいた。


 グランフォード領で使用されている白夜結界のモデルが国家規模で運用された場合、循環できる魔素の総量には限りがある。


 魔導院は、それを王都・近郊・辺境で配分していた。


 問題は、その配分比率だ。


 ――辺境の循環比率が最低限以下に設定されている。


 これは、意図的な制限だ。

 過去、魔導院の術師が点検に訪れた箇所を全て確認したが、何か所も改変を受けた形跡があった。


「……誰がこんなことを考えたんだ?」


 循環比率の調査を続けているうちに、一つの仮説が浮かび上がった。


 王都周辺の循環比率だけが、異様に高く設定されているのかもしれない。

 王都と辺境、双方の白夜結界を比較した場合、差は歴然だ。


 俺はセリアの顔を思い出し、彼女を酒場に呼び出した。


「あなた、いい性格してるわね。この間は話も聞かずに追い返した癖に、今度は呼びつけるなんて」

「先日は仕事が忙してくて時間を取れなかった。すまない」

「それで、忙しいあなたが何の用?」


 話が早くて助かる。


「魔導院の魔術師のなかで、白夜結界に関して一番研究成果を上げてる術師がいれば教えてほしい」

「理由くらい説明して」

「守秘義務があるから言えない。知らないなら他を当たる」


 セリアが分かりやすく溜息をついた。


「あなた、結界師の癖にドラクシスを知らないの?」

「ドラクシス?」

「魔導院長官の座についた男よ」


 ――王都における魔物発生件数の激減。


 それを成し遂げた人物。

 セリアの話を聞いているうちに、頭のなかで符合した。


 ドラクシス・ヴァルディーン。

 彼が手を染めていることは明白だった。



 ◇



 夜風が冷たい。

 酒場を出ると、ランタンの灯りが石畳を淡く照らした。


「ねえ、もう少しだけ話さない?」


 月明かりを背にしたセリアは、相変わらず整った顔をしている。


「内容次第だな」


 即答すると、セリアは一瞬だけ目を伏せた。


「……私とやり直せない?」

「俺たちはそういう関係じゃなかっただろ」

「でも、あなたに甘えたい夜もあったわよ」


 そう言って一歩、距離を詰めてくる。

 ランタンの灯りが彼女の影を伸ばした。


「フィン。あの時のことちゃんと話したかった。あたし、何にも知らなかったの」


 ――なんだ?


 鼻腔をくすぐる甘い香り。

 視界の縁がわずかに滲む。


(――幻惑)


 即座に結界を張ったのは、反射的な動作だった。

 脳裏を過ぎったのは、湖畔で笑ったリリカの顔。


 足を一歩引き、ランタンを掲げる。


「やめろセリア」


 彼女の目がわずかに見開かれた。


「幻惑魔法、しかも対人用だ。冗談じゃ済まないぞ」


 セリアの表情は変わらない。


「魔術師なら知ってるはずだよな。精神、記憶に干渉する魔法は重罪だ」


 沈黙が数秒続く。

 次の瞬間。


 セリアは乾いた笑いを漏らした。


「さすがフィンね」


 ――違う。

 セリアはこうなることを見越して加減した魔法を使った。

 その気になれば一瞬で俺の意識を落とすこともできたはずだ。


「お前、自暴自棄になって破滅したかったのか?」


 今のセリアを見ていれば、ラグスパーティの顛末は何となく分かる。


「どうかしらね。もう、自分でもよく分からないの」


 セリアは爪を掌に食い込ませる。


「あのときのこと、後悔してる。プライドが邪魔してあなたを引き留められなかったこと……」

「もう過ぎたことだ。俺は忘れたよ」

「そうね。あなたは変わった。皆から認められて前に進んでる。あたしたちだけが、置いていかれた」


 震える声。


「こんな馬鹿な女がいたって、覚えておいて」


 セリアは一歩後ずさり、壁に背を預けた。


「朝になったら出頭するから。……もう少しだけ、一緒にいてくれる?」


 こんな風に素直に頼られたのは初めてだった。

 もっと早くお互い素直になってたら、違う道もあったかもしれない。


「幻惑魔法は親告罪だ」

「見逃すつもり? ……でも、あたしはここまでよ」

「腐るなよ」


 セリアは自分の魔法に誇りを持っていた。

 こんなつまらないことに魔法を使う女じゃなかったはずだ。


「お前はもっと格好いい女だった」


 彼女は笑った。


「送っていく。少し頭を冷やせ」

「……あなた、本当に馬鹿よ」


 セリアは背を向けた。

 啜り泣く声が聴こえて、何とも言えない気持ちになる。


 夜空を見上げ、深く息を吐いた。


「お前、魔法学院の成績よかったよな。魔術師としてもう一度やり直す気があるなら、俺からガルド卿に進言してみる。助手のポストが空いてるから」

「……正気?」

「お前の魔法のお陰で頭が冷えた。正気だよ」


 また暴走されても困るし、魔術師として有能なのは確かだ。


 というか、ここ最近は忙しすぎてリリカとデートもできてない。


 俺はリリカ欠乏症なんだ。


 可愛いリリカとゆっくり湖畔デートがしたい。

 孤児院で肩を並べて料理がしたい。

 お忍びで城下街デートもしたい。


 小さな手のぬくもりを俺に与えてくれ。


「言っとくけど、激務だからな。覚悟しておけ」

「……わかったわ。屈辱だけど支えてあげる」


 セリアが色っぽく微笑んだ。

 やっと元の調子に戻ってきたのを見て安堵する。


 敵だと恐ろしいが、味方だと心強い。

 ……俺も素直に頼らせてもらおう。

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