黒装束
デートを終えて帰路についていると、不意に視線を感じた。
――違和感を感じるのと、足音が三つ並んで聞こえたのは同時だったと思う。
(……人通りの少ない道を選んだのは失敗だったな)
攻撃の意思を感じ取った俺は、「危険感知」を切った。
魔術師が同時に起動できる術は一つまでだ。
なかにはダブルキャストと呼ばれる特別な才能を持った術師もいるが、先生以外に使ってる術師は見たことがない。ちなみに、使うと激しく頭痛がするらしい。
(……久々に結界師としてではなく、魔術師として相手をすることになるな)
先制攻撃に先制するかたちで、魔力を手に集中させた。
そして、振り返ると同時――
魔法攻撃の基礎中の基礎、「魔弾」を手の平から掃射する。
「え!? フィン?」
「すぐに終わる。伏せてろ」
振り返った先にいた間者たちは、あっさりそれを回避した――が、不可視の魔弾によって三人の内の一人が倒れた。
「見えている弾」と「見えない弾」、これを混ぜてばら撒くのは対人のときだけだと、先生から教わった。
『硬い魔物を相手に生半可な攻撃は通じん。「隠蔽」の魔法を使うのは対人のときだけだ。まあ、賢い奴はそもそも争いに巻き込まれんよう立ち回るが、お前は覚えておけ』
先生が当たり前に対人技能を修得していた理由は知らないが、師から一通りの魔術の薫陶を受けていた俺は、惜しみなく技術を使わせてもらう。
「チッ」と間者が舌打ちをした。
若い女の声だ。
「結界以外の魔法を使うとは聞いてないぞ」
「情報収集不足だな。俺は奨学金を返せないから結界師をしていただけだ。知ってるか? 10年結界師を続けたら王立魔法学院の学費が全額免除されるんだぞ」
「……フィン、やっぱりケチ」
残りの黒装束が二人、短剣を構えて接近してくる。
俺は短く息を吸う。
――身体強化。
一人目が踏み込んできた。
刃が閃く。
半歩ずれて回避し、相手の手首を捻る。
「くっ」
刃が落ちる。
肘で顎を打ち、気絶させる。
三人目が踏み込むが、腹部に蹴りを入れると、あっさり蹲って膝をついた。
「……もういいでしょう」
拍手が響いた。
路地の奥、音のした方を見るとセレスティア夫人がいた。
「お母様……?」
「手荒な真似をしてすみませんでした。良い腕ですね、結界師フィン」
視線がまっすぐ俺に向く。
「試験は合格ですか?」
「さすがですね。気づいていましたか」
そりゃな……。
本来の武器は暗器だろうに、頑なに投擲の類を使わず体術で挑んできた。
恐らく、リリカを傷つけないための配慮だろう。
本気の暗殺だったらリリカを狙って俺を足止めしただろうが、そういった動きも見られなかった。
だからこそ、事前にそういう指示を受けていたとしか考えられなかった。
セレスティアが俺に近づく。
目から静かな威圧を感じた。
「あなたは自分の立場を理解していますか?」
「俺とリリカの間にある障害が一つや二つでないことは、理解しています」
リリカが俺の腕を掴む。
安心させるように手の平を重ねた。
セレスティアの目が、ほんの少しだけ柔らいだ。
「リリカ」
「はい」
「あなたには幼馴染がいましたね。彼ではいけないのですか?」
「私はフィンがいいです」
セレスティアが小さく息を吐く。
「……頑固なところは私に似たのかしらね」
「お母様は、好きな人と結婚をした方がいいって言ってくれました。私は、フィンと結婚します」
(……リリカ)
一回り下の子供にプロポーズされてドキッとしてしまった。
「リリカ、あなたの人生を決めるのはあなた自身です。それを忘れないように」
「覚えておきます」
「フィン……夫を納得させるのは難しいですが、まずは結界師としての役目を全うしなさい」
「それは、グランフォードの白夜結界について調査しろということですか?」
セレスティアは答えず、扇で表情を隠した。
「夫を、そしてグランフォードの民を納得させること。それが、リリカと添い遂げるための最低条件です」
「道を示していただきありがとうございます」
「フィン、絶対に納得させよう?」
笑顔のリリカが可愛い。
こんなの、納得させるしかないだろ。
俺はリリカを妻にしたい。
「ところでフィン。あなたは幼い子にしか興味がない体質ではありませんよね?」
「違います」
……義母になるかもしれない女性からロリコン扱いされる。
罪深き運命、十字架を背負いながら、俺は頭を下げた。




