失墜※ラグス視点
セリアたちを置き去りにしてから、1週間後。
酒場の空気はあの日とは真逆だった。
「ラグスって、仲間を見捨てたんだってな」
「女を置いて逃げたらしいぜ。ひでぇ話だ」
囁きが刺さる。視線が痛い。
俺は黙って杯を握り締めた。
言い訳などできない。
それが事実だからだ。
セリア、ロガン、ミルトは生きていた。
三人で立て直し、辛うじて帰還したらしい。
だが、三人が戻ったことで、俺の名は臆病者として広まった。
「……あの迷宮がおかしいんだ。魔物が急に強くなりやがった。そんなの、あいつだって――」
言いかけて止まる。
もし、あの場にフィンがいたら――あいつは仲間を置いて逃げただろうか。
余計な考えを振り払う。
もう戻らない奴のことを考えても無駄だ。
「なあ、迷宮の異常の件だけど、白夜結界が不安定になってるらしいぞ」
「それ本当かよ」
「ただの噂だけどな。しかし、こうなると結界師がいた方が安心だよな」
は? 結界師?
パーティの足枷がどうしたって……?
「王都でも結界師なんて見かけないけどな」
「いや、一人いたじゃねえか」
「ああー。でも、辞めさせたんだろ? つくづく無能だよな、あのリーダー」
あの日、フィンに向けられた嘲笑が、自分に向けられている。
「……こんなことが」
震える指先で杯を持ち上げる。
何もかも忘れて酒に逃げたい。
惨めだ。いらない仲間を切り捨てて、全て上手くいくはずだった。
なのに、あいつが出ていってから全ての行動が裏目に出てる。
酒場で頭を抱えていると、テーブルにパーティメンバーが着席した。
セリア、ロガン、ミルト……。
彼らの眼差しは冷たい。
底冷えするような怒りを感じた。
「あの日以来ね、ラグス」
「……あのときはすまなかった。気が動転していて、よく覚えてないんだ」
ドン! とテーブルが殴りつけられる。
怒りをあらわにしたのは、意外なことにミルトだった。
「恥知らずな……! 覚えてないなんてよく言えましたね!」
「まあまあ、落ち着けよ。俺もこの野郎には切れてるが、そんな話をするために集まったわけじゃねえだろ。俺たちに残された時間は少ない。今日は冷静にいこうや」
「時間はないって、どういうことだよ」
尋ねると、ロガンは溜息をついた。
セリアが「フィンのことよ」と話し始める。
「あなたが迷宮から一人で逃げて、何とか脱出したあと、三人で話し合ったのよ。フィンに戻ってきてもらおうって」
「正気か? あんな形で追い出したのにあり得ないだろ!」
「私たちにはフィンが必要。結界師としてもそうだけど、戻ってきて彼にパーティを引っ張ってもらった方がいいわ」
耳を疑う発言だった。
長年、このパーティを率いてきたのは俺だ。
それなのに、何で今になって追放した奴にリーダーをさせるんだ。
「あいつは、仲間を置いて逃げたりしねえ。過去、どんなときも殿をやってたのはあいつだ。人間性が信頼できる」
「フィンは真面目すぎるところはあるけど、間違ったことはしない人だった。私たちみたいに自惚れが酷いパーティには、彼みたいに冷静なブレインが必要なのよ」
「これは、あなたを除いたパーティの総意です。本当は、あなたも追放した方がいいと思うんですけど、そんなことをしても同じことの繰り返しになりますから」
全てが決まっている雰囲気だ。
俺に残されたのは、「頷く」か「離脱」の二択らしい。
かつて、俺がセリアに対してやったことを、今度は彼女がやり返してきた。
「……どうやって戻ってきてもらうつもりだ?」
「リーダーに就任してもらえるよう、あたしが個人的に説得するわ」
「おい、結局そういうことかよ。俺だってお前のことを……」
「ふざけないで。見殺しにしたあなたに言える台詞?」
小声で「クズ」と言われた。
ミルトの方を見ると、真正面から睨みつけてきた。
クソ、なんで俺ばっかりこんな目に……。
悪意があって見捨てた訳じゃないのに。
「どうするんだ、ラグス。もうパーティが復活するにはフィンを頼るしかないぞ」
「いや、でも、他の結界師を頼るっていうのは……」
「長年パーティにいたフィンさんを追い出した直後に、仲間になってくれる結界師がいると本気で思ってるんですか? ただでさえ、結界師は数が少ないんですよ?」
「うっ……」
それは、確かに一理ある。
結界師をあんな形で追い出してしまって、それでも俺たちと組もうなんて奴はよっぽどのワケアリだ。
危険すぎて一緒に旅なんかできない。
「……分かったよ。いったんはあいつを頼ろう」
「あなたねえ……」
「こいつもプライドがあるんだ。今はそっとしておこうぜ」
俺たちは一路、グランフォード領を目指すことになった。
納得がいかない気持ちは大きいが、現状ではフィンを頼るしかなさそうだ。
まさか、断ったりしねえよな?
そもそもあいつ、生きてるよな?
どっかで野垂れ死んでないことを祈るばかりだ。
俺たちの未来を取り戻すためにも。




