崩壊※ラグス視点
酒場の喧騒が、今夜はやけに心地よかった。
「あー、スッキリした!」
杯を叩きつけるように置いて、豪快に笑う。
「寄生虫を追い出しただけで、こんなに空気がうまいなんてよ。あいつがいた頃は、なんかこう……湿っぽかったよなぁ」
「分かるぜ。何の貢献もできてないお荷物がいると、こっちも気を遣うよな?」
ロガンが口元を歪め、ゆっくりと酒を飲み干した。
「これで分け前も増える。余計な役立たずが抜けたんだ、当然だよな?」
ミルトは曖昧に笑った。否定も同意もせず、ただ半端に注がれた杯を見つめている。
「……新しい仲間、探さなくていいんですか?」
控えめな声に俺は即答した。
「いらないだろ。頭数が増えれば報酬が割れる。前衛と火力と回復が揃ってる。迷宮の一つや二つ、今まで通り踏破できるさ」
ロガンが肩をすくめる。
「ミルトは心配性だな。荷物持ちくらいは雇っていいんじゃないか?」
「あら、あなたが代わってくれるんじゃないの? 立派な筋肉があるじゃない」
セリアがせせら笑う。酒場の灯りが、彼女の瞳を冷たく光らせた。
俺だけが知っている。こいつが、フィンを追い出した俺たちを快く思っていないことを……。
「おー怖い。だがまあ、セリアの言うとおりだ。当面は俺が背負ってやるよ。で、リーダーさんよ。次はいつ迷宮に潜るんだ?」
「焦って稼ぐ必要もないが、腕が鈍るからな。明日あたり行くか。証明してやろうぜ。あいつがいなくても問題ないってな」
ロガンが拳を鳴らし、ミルトは曖昧に微笑んでいる。
セリアは納得してない顔だが、攻略には参加するだろう。
俺にはこいつらだけいればいい。
火力と壁、そしてそれを支える治癒まで揃っているんだ。
決して、自惚れているわけではない。
冷静に分析した結果、四人で十分だと考えた。
その答えは、明日の迷宮で明らかになる。
◇
翌日。
俺たちは4人パーティで迷宮の入口に立った。
松明の火が揺れ、湿った壁を照らしている。
「さあ、行こうぜ」
俺とロガンが先行し、中間にセリア、最後尾がミルトになる。
「なんかいつも通りだな」
ロガンの言葉に思わず笑ってしまった。
「だろ? これで結界師がどうとか、くだらねぇよな」
第一層。
狼型の魔物が群れで襲いかかってきた。ロガンが盾で弾き、セリアの炎が焼き払う。ミルトの回復は出番なし。
第二層。
虫型の魔物が湧いた。数は多いが、セリアの範囲魔法で一掃できる。討伐数が積み上がっていく。
「ほらな。余裕じゃねえか!」
「さっさと切るべきだったかもしれんなぁ」
ロガンの言うとおりだ。
あいつがいなくても変わらない。
第三層に入ると、パーティは俺たちだけになった。
ここから先は、力のあるパーティしか足を踏み入れない領域だ。
「いつも通り派手にやるぞ」
「お、あそこに獲物発見」
「よし、俺が行くからお前らはサポートしろ!」
人型のシルエットの魔物に剣を振り下ろす。
あっさりバターのように身体が千切れた。
やっぱり、結界師なんかいらねえ。
そう確信しかけた、その時だった。
両断したはずの魔物が、何事もなかったかのように起き上がってくる。
「……は?」
声が裏返る。
次いで、魔物が踏み込んだ。
膂力が今までと違う。
「俺が抑える……なっ」
カバーに入ったロガンを盾ごと押し潰すような衝撃。
ロガンの盾が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「……っ。魔法で焼き払うわ!」
セリアの炎が直撃する。しかし、焼け焦げたはずの魔物が平然と立っている。
焼けた表皮が、泡立つように再生していく。
「なんだよ……なんだこれ……!」
「逃げましょう! この階層、なんだか変です!」
ミルトが震える声を漏らした。
今までこんな怪物に遭うことはなかった。
魔物は倒せる。倒せて当たり前。そう思っていた。
だが目の前のこれは、違う。
刃が通らず、傷が塞がり、力も速さも桁違い。
「撤退だ! 撤退!」
このままだと死ぬ。
理屈じゃない。身体がそう判断していた。
撤退しようとするが、ロガンが立ち上がれない。
ミルトが泣きそうな顔で駆け寄り、治癒魔法を使った。
何とか回復したロガンが立ち上がる。
「セリア! 援護しろ!」
「分かってる!」
セリアが後退しながら魔法を放つ。だが、焦りで詠唱が乱れる。
さらに、足元の石に躓いた。
「きゃっ――!」
セリアが転ぶ。松明が転がり火の粉が散る。
魔物の影が彼女に落ちる。
「……セリア!」
俺は一歩踏み出しかけた。
だが次の瞬間、心臓が凍った。
――助けに行けば、自分が死ぬかもしれない。
刃が通じず、通じたところで傷口がすぐに塞がる怪物。
セリアはいい女だが、あいつは俺に靡かない。
いつもフィンを視線で追っていた。
仲間内でフィンの悪口を言っても、あいつだけは乗ってこなかった。本人は隠しおおせてるつもりだろうが、俺には見え見えだった。
(……命懸けで助ける価値はねえな)
悪魔の計算が、頭の中で一瞬で成立した。
「セリアは手遅れだ! 行くぞ!」
「え!? そんな、見殺しにするんですか!?」
「おい! さすがにそりゃねえだろ!」
「じゃあお前らで勝手に助けろ!」
生き残るために逃げた。
何度も名前を呼ばれるが、馬鹿には付き合いきれねえ。
命があってこそじゃないか!
俺だって、助けられるなら助けてたさ。
だけど、あれはもう手に負える相手じゃない。
背後でセリアたちの悲鳴が響いた。
俺は何も聞こえないよう耳を塞いで走り続けた。




