英雄の扱い
迷宮攻略から戻った翌日、グランフォードは異様な熱気に包まれていた。
城下では、兵士だけでなく商人や農民、子供たちまでもが口々に同じ名を囁いている。
「聞いたか? 結界師が迷宮を攻略したって」
「魔物がまるで紙みたいに斬れたってさ」
「騎士団が誰一人死ななかったんだろ?」
噂は尾ひれをつけながらも、核心だけは外していなかった。
――結界師フィン。
迷宮を制圧し、スタンビートの芽を摘み、誰一人欠けさせなかった男。
その当人である俺は、城の広間に立っていた。
◇
謁見の間には、ガルド卿を中心に重臣と騎士団の上層が並んでいる。
そして俺の前にはクラウス、ハインツ、レオンの三人。
全員、傷は癒えているが、迷宮の空気をまだ纏っているように見えた。
「此度の迷宮攻略、よくやったな。特に騎士団長クラウス。お前の指揮は見事だった」
「恐れ入ります」
「ハインツ、レオン。双璧の名に恥じぬ働きだったと聞いているぞ」
二人が静かに頭を下げる。
「……結界師フィン。結果として貴様の結界は有効に働いたようだ。これからも精進するように」
広間の空気がわずかに張りつめた。
「お前たちには褒賞を与える」
ガルド卿が合図をすると、文官が前に出た。
「クラウスには金貨150枚。ハインツ、レオンには金貨100枚」
どよめきが起こる。
領地を救ったのだから当然だが、破格の報酬だ。
そして――
「結界師フィンには、金貨30枚を与える」
一瞬、時が止まった。
空気が凍りつくのが分かった。
俺は何も言わない。
3人よりは少ないが、グランフォードに来たばかりの頃だったら、金貨30枚も貰えなかったはずだ。
ガルド卿から、少しは認められているのだと思う。それが、同じ戦場に立った者より評価が低いだけで。
「閣下」
最初に声を上げたのはクラウスだった。
「冗談のつもりですか」
「何?」
「この戦果を出せた理由は、誰の目にも明らかです。迷宮を死傷者なく制圧できたのは、フィンの結界があったからではありませんか?」
「結界師にしてはよくやったと報告を受けている。だが、前線を支えたのはお前たち3人であろう」
「フィンは結界師としてだけではなく、剣士としても戦いました」
「知っている。無理をして負傷したそうだな」
クラウスの怒気が一層膨れ上がった。
だが、言葉を引き継いだのはレオンだった。
「俺たちは、フィンがいなければ死んでいた。こいつは馬鹿じゃない。前に出なきゃいけないタイミングで、前に出たんだ。結界を張りながら、命懸けでフロアボスの体力を削ってくれた。見てもない奴がフィンを侮辱するな。報告書くらいまともに読め」
「ま、同意見だわな。これは正当な評価じゃありませんよ」
広間がざわつく。
事態は収拾がつかない方向に転がっている。
「フィンの評価を変える気がないのであれば、私は褒賞の受け取りを辞退します。英雄を軽んじる褒賞など受け取れません」
「私たちは、の間違いですよ」
ハインツが続けて賛同し、レオンが首肯する。
「どいつもこいつも……!」
俺は慌てて口を開いた。
「俺のことはいいんだ。十分に納得はしてる」
「フィン、黙っていてくれ」
クラウスが振り返り、低く言った。
「これは、我々の名誉に関わる問題だ」
ガルド卿の表情が大きく歪んだ。
「愚かな真似を――」
「愚かなのはあなたですよ、ガルド」
静かに、しかしはっきりとした声が響いた。
開かれた扉の向こう。
そこに立っていたのは、リリカとよく似た顔立ちの女性だった。
落ち着いた物腰。
しかし、その瞳には鋭さが宿っている。
「久しぶりですね、あなた」
ガルド卿の顔色が変わった。
「……セレスティア。なぜ、ここに」
「王都での政務を終えて戻りました。それと――」
彼女は謁見の間を一瞥する。
「随分とみっともない真似をなさっているようですね」
空気が完全に凍りつく。
「あなたは忘れたのですか?」
一歩、前へ。
「誰がこの領を救ったのか。子どもでさえその者の名を分かっています」
視線が俺に向く。
「子供以下の認識しか持てない領主など、近隣諸侯の笑いものになります」
「……黙るのだ」
「黙りません。もしあなたが“娘が親しくしている男だから”という理由で、この結界師を不当に扱うのであれば。私はあなたと夫婦である意味を失います」
謁見の間がざわめく。
ガルド卿の顔から血の気が引いた。
「……ち、ちが……。セラ、違うんだ! 娘は関係ない!」
「では、なおさら悪いですね。たんに無能ということになりますから」
ガルド卿を支えていた力が抜けていくような錯覚を覚える。
彼は、妙に落ち着いた声で俺に向き直った。
「……褒賞に誤りがあった」
ガルド卿はそう絞り出した。
「結界師フィン。金貨100枚。そして、領主邸近くの屋敷を与える」
息を呑む音。
「さらに――」
視線が俺を射抜く。
「今後、領主家直属の客人として遇する」
セレスティアは満足そうに頷いた。
「妥当です」
その時、小さな足音が響いた。
「……フィン」
リリカだった。
彼女はまっすぐに俺を見て微笑んだ。
その表情は誇らしげで、俺は胸が熱くなるのを感じた。
「結界師フィン、娘があなたに礼を言いたいそうです。このあと時間をいただけますね?」
「はい。もちろんです」
「では、二人は先に行きなさい。私は夫と話すことがありますから」
「セレスティア、わしはリリカのためを思って……」
「いい加減、公私を分けてちょうだい。子供じゃあるまいし」
ぴしゃりと釘を刺されて、ガルド卿は項垂れた。
同情などしない。
しかし、まあ……。
領内の空気は随分と変わりそうだなと思った。




