フロアボス
俺たちは大広間を思わせる空間に辿り着いた。
岩肌が開け、中央に冷たい光がある。
白い結晶。それが、脈打つように露出している。
「……コアクリスタル」
クラウスが息を吐く。
迷宮の核。普通なら最深部に隠され、守りを固められているはずのそれが、この階でむき出しになっている。
結晶の表面に――人の形をした影が絡みついた。
それが結晶と融合し、人体を模した異形を創り上げていく。
結晶を頭部とし、その下に筋肉の束のような胴体、手足が形成される。
掌の先には刃があり、俺たちと握手を交わす気はなさそうだった。
異形が、ゆっくりこちらへ顔を向けた。
瞳はない。だが、見られていると分かる。
骨の内側まで凍るような瘴気が内包されている。
「こいつがフロアボスか?」
ハインツが剣を構える。
「らしいな」
レオンは双剣を抜き放ち、静かに呼吸を整えている。
クラウスが俺を横目で見た。
「この戦力で勝てるか?」
「……コアを砕けば終わりますよ」
異形が先に動いた。
瞬間移動を思わせる程の高速移動。
次の瞬間、クラウスの盾が火花を散らした。
盾の縁があっさりえぐれる。
「くっ……!」
押し込まれる。膂力が桁違いだ。
ハインツが横から斬りかかるが、刃が入らない。 結晶の腕に弾かれ、金属音が響く。
「硬い!」
レオンが滑るように背後へ回り、関節を狙って突く。だが、剣が通らない。
今までと同じレベルの結界では、フロアボスには通用しない。
俺は魔力を一気に巡らせ、結界の強度を変えた。
瞬間、レオンの双剣が関節を切り裂き、初めてのダメージを与えた。
傷口から漏れた瘴気が傷を癒やそうとするが、即座に結界で払う。
治癒の隙は与えない。
異形がこちらへ向き直る。俺を狙っているのか?
刃が迫ってくる。
クラウスが割り込み、盾で受ける。
盾が軋み、膝が沈む。
「フィンをやらせるな!」
「了解!」
クラウスが盾で押し込み、ハインツが攻勢を強める。レオンは背後へ回り、更に関節の根元を狙って刃を滑らせる。
傷が入るが、まだ浅い。
俺は剣を抜いた。
「フィン、君も行くのか!」
――持久戦じゃこちらが不利になる。
ここで討ちにいくしかない。
最大出力の結界は長くは保たない。
魔力が切れた瞬間、敗北は決定する。
異形が腕を振る。クラウスが受け、ハインツが押し返し、レオンが削る。
攻防における一瞬の隙。
俺はコアへ向けて踏み込んだ。
――冷たい。
コアに近づくほど、瘴気の“質”が伝わる。
刺すような冷気が肺に入ってくる。
俺は剣を振り上げた。
異形がそれに反応し、腕を伸ばす。
レオンがその腕を止め、ハインツが肩口を斬り裂く。クラウスが盾で押し込む。
「今だ、フィン!」
思い切り剣を突き立てた。
コアクリスタルに刃が食い込む。
結晶が軋み、悲鳴みたいな音を立てた。
だが、まだ足りない。
一度剣を引き抜き、もう一撃叩き込む。
さらに結界の魔力を刃に流し、剣を叩きつける箇所を一点に集中させる。
――割れろ。三撃目で大きなひびが走った。蜘蛛の巣のように広がる。
勝機が見えて腕に力がこもる。
次で砕ける。確信と共に剣を振り下ろそうとした直後、視界の端にフロアボスの尾が写った。
(……馬鹿な。そんなもの、さっきまでなかっ……)
たった一撃で意識が飛ぶ。一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなった。
(……あっ……そうだ)
結界を……。
白い光が爆ぜ、瘴気が一気に霧散した。
フロアボスの結晶の頭部が崩れ、身体が砂のように崩落していく瞬間を幻視した。
(……やったぞ)
結界師としてやり切った感覚がある。
「フィン、無事か! なぜこんな無茶を……!」
「冷静に、ああクソ、手が震える」
「口を開けろ。ポーションを流し込む」
安堵から意識が消えかける。
しかし、ハインツに頬を打たれて正気になる。
「寝るな。口移しにするぞ」
(……それは勘弁)
スーッとするポーションを飲まされて、俺は息を吹き返した。
「……悪い。一撃喰らっちまった」
おお、と三騎士がこぼれそうな笑みを浮かべる。
気恥ずかしさを感じながら、俺たちは生還の喜びを分かち合った。
フロアボスを倒し、コアクリスタルを砕いた。もう、仕事は終わったんだ。
「……帰れるな」
クラウスが言った。
ハインツも応じて、レオンは無言で頷く。
俺はリリカからもらった小さな袋を懐から取り出した。
フロアボスの攻撃で裂けてないか心配だったが、無事だったようだ。
「それはお守りか?」
「リリカお嬢様に気を遣っていただいて……」
答えると、三人が息を呑んだ。
「やるなぁフィン。君にそんな一面があったとは……」
「しかし、さすがに士気に関わるだろ」
「旅の途中、もしやと思ったが、そうか。リリカ様はフィンのことを……」
三者三様の反応だ。
「あの、このことは……」
「上官命令だ。皆、伏せておくように」
クラウスがウインクをする。
理解のある上官で助かった……。




