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無能と追放された結界師、辺境伯の娘に拾われて年の差婚する  作者: かにょん


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攻略

 出発準備が整った頃、俺は部屋で装備の最終点検をしていた。

 冒険者として活動するのは久しぶりだが、毎日装備の確認は怠らなかった。

 命に直結する部分だからな。


 剣の刃こぼれ一つ、防具の繋ぎ目一つにしても、慎重に点検を進める。


 最終チェックを終えたところで、扉がノックされた。

 控え目な叩き方で、性格が表れてるなと思う。


「フィン」


 扉を開けると、そこにはリリカが立っていた。

 少しだけ緊張した顔をしている。


「出発前で忙しいところ、ごめんなさい」

「……わざわざ会いにきてくれたのか?」


 念のため廊下を見渡すが、使用人の姿は見えない。


「うん。どうしてもこれを渡したくて」


 彼女は一瞬だけ視線を泳がせ、それから小さな袋を差し出してきた。


「これ……お守りよ。ほら、縁起担ぎみたいなもの」

「ありがたく受け取るよ」


 そう言って受け取ると、リリカの表情がふっと緩んだ。


「……戻ってきたら」


 リリカが早口で続ける。


「無事に戻ってきたら、その……デートしてあげるわ」

「……は?」

「慰労みたいなものだから!」


 慌てて言い訳する姿が、年相応で微笑ましい。


「無事に戻ったら、予定は空けておく」

「本当? 約束だからね? ……無事に戻ってきてね?」

「ああ、リリカの元に帰るよ」

「絶対だから……。フィンのこと待ってる」


 そう言って、彼女は踵を返した。


 ――今のは危なかった。

 誰かに見られたら、噂はすぐに広まっていたはずだ。


 そう思いながらも、胸の奥が少し温かくなる。


 リリカが俺のことを想ってくれている。

 それが分かっただけでも、元気づけられた。



 ◇



 旧採掘場跡にぽっかりと開いた穴。

 そこから溢れ出す瘴気は、黒く淀んでいた。

 結界師は瘴気が視える。

 見えすぎるが故に、浄化しないと視界を塞ぎそうで厄介だと思う。


 騎士たちは皆、無言だ。

 剣を握る手にわずかな震えがある。


 クラウスが俺の背中を叩いた。


「今回、君には迷宮の攻略について助言をもらいたい。我々は迷宮攻略についてはほとんど素人だからな。君の意見が重要だ」

「分かりました」

「それと、部下たちに声をかけてやってくれないか」

「俺がですか?」

「君の人となりが多少なりとも伝わればいい」


 促されるかたちで、一歩前に出る。

 何も準備してなかったから、困るな。


「聞いてほしい」


 声をかけると、自然と全員の視線が集まった。


「俺は結界師だ。派手なことはできない。だが――結界師として、仲間を死なせたことは一度もない」


 どよめきが起こる。

 好意的な反応だと思いたい。


「今回も同じだ。上官の命令に従って、俺の助言を受ければ何も心配はいらない」


 クラウスが頷く。


「聞いたか! 我々には王都から招いた優秀な結界師がついている! 彼は自ら作戦に志願し、無傷で全員が帰還することを望んでいる! 一人の犠牲も出すな! 我々の鍛錬の成果を結界師殿にお見せしようじゃないか!」


 おおおお、と騎士たちが気勢を上げる。

 俺の挨拶って必要だったのか?


 そう思ってクラウスを見ると、悪戯っぽくウインクされた。

 オッサンの茶目っ気なんか見たくなかった。


「……さて、突入するぞ」


 先陣を切るクラウスと共に、迷宮の中へ一歩踏み出す。瞬間、はっきりと分かった。


(ひどいな……)


 瘴気が空間を満たし、視界を塞いでくる。

 王都近郊ではまず感じられない濃度だ。


 俺は即座に結界を展開した。

 今回は範囲を広げ、一気に瘴気を霧散させた。


 空気が澄み、呼吸がしやすくなる。


「来るぞ!」


 魔物が姿を現す。

 一体、二体……いや、それどころじゃない、群れだ。


「構え!」


 結界を狭く、密に展開。

 騎士たちが槍を突き出し、防御陣形で構える。


 魔物たちに怯えはない。彼らにあるのは、殺戮本能だけだ。人間を肉塊に変えるべく、彼らの突進が始まる。


「おお、傷が塞がらないぞ!」


 突進し、串刺しなった魔物が倒れていく。

 俺からすれば至極当たり前の光景だが、騎士たちの士気は上がっている。


「今だ! 斬り込め!」


 士気が上がるのを察知したクラウスが、すかさず突撃部隊を前に出した。彼らは威勢よく魔物に斬りかかり、その数を減らしていく。


「凄いな。グランフォードの騎士たちは」


 数十分後。最後の一体が地に伏した。


 息は上がっているが、味方に大きな被害は出ていない。

 さすがに無傷とはいかず、何人かは治癒を受けているが。


 クラウスがゆっくりと剣を下ろした。

 彼は騎士たちを見回し、俺の肩を叩いた。


「君の手柄だ!」

「いえ、俺は後方で控えていただけですよ」

「そうか。王都の感覚ではそうなのだろうな。だが、グランフォードにおいて、魔物とは刃は通らず、傷はすぐに塞がり、膂力も体力も底が知れない怪物だった」


 彼の視線が、迷宮に取り込まれる魔物の死骸に向く。


「フィン、君はこの迷宮の魔物をどう見る?」

「王都で見かける平均的な魔物と変わりませんでした。俺はあなたが言うような怪物に会ったことは一度もありませんよ」

「だとするなら、それこそが本来あるべき白夜結界の効果なのだろう。そして、グランフォードからはいつしか失われていた加護だ」


 いつしか……?


「白夜結界の効果は、少しずつ低下していったのですか?」

「そうだ。魔導院の術師に調査も依頼したが無駄だったよ。そこに現れたのが君だ」


 騎士たちの顔に、戸惑いと希望が混じった表情が浮かんでいる。


「諸君、我々には生きた白夜結界がついている! 魔物など恐るに足らん!」


 おおおおおお、と攻略部隊の勢いが増す。


 俺はただ、いつも通り結界を維持し続けているだけだった。

 しかし、彼らにはその当たり前がなかったのだ。


 白夜結界が機能せず、冒険者ギルドすらない辺境。

 彼らにとって、生きた結界は鮮烈な印象をもたらしたようだ。


 騎士たちの熱気に支配された迷宮を、俺たちはさらに進んでいく。

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