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無能と追放された結界師、辺境伯の娘に拾われて年の差婚する  作者: かにょん


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本心

 淡い色のドレス。

 整えられた髪。

 孤児院の庭には、あまりに場違いな存在がいる。


 だが、子供たちはリリカのことを当然のように受け入れた。


「お姉ちゃんだ!」


 わあ、と子供たちがリリカを囲む。

 リリカは一瞬だけ周囲を見渡すと、ふっと柔らかく笑った。


「こんにちは。皆、元気にしてた?」

「ミア、元気にしてたよ」

「そう。ミアが元気で嬉しいわ」


 ミアという少女の頬がほんのり赤くなる。


 子供たちの反応からして、何度か足を運んでいるようだった。


「フィン、ここでは敬語はなしで。子供たちが緊張するから」

「了解。俺からするとリリカも子供だけどな」

「こらっ」


 俺があっさり了承して軽口を叩くと、リリカは怒りながらもはにかんだ。


(……屋敷じゃこんな距離感、許されないもんな)


 ――本音を言えば、俺だって嬉しい。

 そんなことを考えながら見つめていると、リリカは一瞬だけ視線を逸らした。


(……それはどういう感情なんだ?)


 ネネが横でぼそりと呟く。


「リリカ様、恥ずかしがってます」

「ネネ?」

「ウソです。何でもありません」


 ヒルダが腕を組んだまま俺たちを見ている。


「元冒険者と、領主の娘と、亜人の娘。あんたらが知り合いだって言っても、誰も信じないだろうねえ」


 リリカはヒルダに対し、きちんと頭を下げた。


「お世話になってます」

「いつもお世話されてるのはこっちの方だよ。で、フィン。皆に飯を振る舞ってくれるんだろ?」

「ふふっ。そうなの?」

「おい、なんで笑うんだよ」


 リリカに抗議すると、彼女は口を押さえて笑った。


「だって、旅のときも料理してたんだもん。本当に、どこにいても変わらないね……フィンは」


 リリカの目が熱っぽく感じて、俺は視線を逸らした。

 彼女はまだ子供だ。きっと気のせいだろう。


「じゃあ、準備するから」

「私も手伝うわ」

「リリカ、料理なんかしたことないだろ」

「言ったわね?」


 軽く肘で小突かれる。


「したことはありませんが、きっとできます」

「……どこからその自信が。まあいい。台所借りますよ」


 ヒルダが「どうぞ」と了承する。


 ネネは何も気にせず子供と遊びだして、一緒に旅をする前は亜人であることを気にしてたのにな、と成長を感じた。


 厨房に入った俺は袖をまくる。

 台所は質素だ。


 俺は持ち込んだ材料と、院にある野菜を見比べる。


「リリカ、包丁持てるか?」

「え?」


 一瞬、きょとんとする。


「野菜、刻めるか?」

「……やったことはないけど」

「なら、今日が初めてだ」


 リリカは少しだけ困ったように笑う。


「もし怪我をしたりしたら、責任問題になるけど」

「……そのときは犬にでも噛まれたことにしてくれ」

「そっちの方が大問題じゃない」


 まるで旅をしていたときのような、自然なやり取り。

 心なしか、リリカとの距離感が近い。


「……ずっと会いたかった」

「そうなのか?」

「フィンは、私のことなんか忘れてたよね」


 鍋から湯気が立つ。


 骨から出た旨味。

 野菜の甘み。

 それらが合わさって香りが広がる。


 その様子を、リリカはじっと見つめていた。


 しばらく時間がしたあと。


「俺だって寂しかったさ」


 ぽつりと呟く。

 リリカは驚いて、俺を見上げた。


「……フィン」


 袖を握られる。

 真っ直ぐな視線。


「私、毎週ここにくるから。お父様には内緒で」

「……リリカ」


 露骨に感じるくらい、リリカからの熱を感じる。


「旅のときみたいに、もっと隣で他愛のない話がしたい。お父様に知られたら困るけど、私――」

「リリカ、目的を履き違えちゃいけないだろ。ここへは子供たちへの慰問にきてたはずだ」

「……分かってるよ。でも、フィンに会えなくて寂しいのも本当だもの。どっちも本当の私なの」


 リリカが俺の手を取る。


「フィン、私は迷惑?」


 彼女の目が否定してほしいと言っている。


「……どうして俺なんだ? 俺は王都の孤児院生まれだぞ。何一つ釣り合わない。年の差だってある。一緒にいたらどういう目で見られるか……」

「過去とか、年齢とか、そんなの関係ない。私はフィンがいいの」


 リリカは言い切る。

 あまりにも純粋な愛情だった。

 俺なんかが触れちゃいけないのは分かってる。


 でも、まっすぐに愛情を向けられて断れるほど、俺は他人から向けられる好意に慣れてなかった。


 初めてなんだ。

 リリカに拾われて、グランフォードにきて……。

 初めて、まっすぐに愛情を向けられた。


 だから、


「……分かった。俺もなるべく来るから」

「ありがとう。大好きだよ」


 俺は一瞬だけ目を閉じた。

 逃げるなら今だった。


 それでも――抱き寄せた。


「あっ……」

「ごめん、リリカ。我慢できなかった」

「いいよ」


 リリカの細い腕が背中に回る。


(……馬鹿な真似をしてる)


 せっかくこの地に受け入れてもらえたのに。

 俺の選択は、いつか自分を破滅させるかもしれない。


 でも、今は……。今だけは……。


 報いを受けろというなら、いつかきっと受けよう。

 俺は完全に料理の手を止めて、リリカを抱きしめていた……。


 ◇



 それから。

 ある意味で地獄のような。

 いや、天国にいるかのような心地で料理をした俺は、子供たちに豚の旨味が染みたスープをご馳走した。

 ユルやカイルたちは喜んでいて、ヒルダにはレシピを聞かれたのでメモを渡した。


 食事が終わる頃。


「あんたら、若いんだから足元には気をつけな」


 ヒルダに耳打ちされた。


「……何のことですか」

「あたしは何も知らないよ。ただ、あたしにとっちゃこの子たちが一番だ。どんな口実だろうと、子供に笑顔を届けてくれるなら、いつでも歓迎するよ」

「……それはどうも」


 ユルが言う。


「フィンお兄ちゃん、また来てくれる?」

「……ああ。またくるよ。次は菓子も持ってくる」

「ほんと!?」

「約束だ」


 子供たちが歓声を上げる。


 その輪の中心にいるリリカを、俺は見つめてしまった。


 リリカ……。

 俺が孤児だと知った上で、関係ないと言ってくれた女の子。

 年の差だって一回り近くある。


 それなのに……。

 リリカと抱き合うと、魂の安らぎを感じる。


 帰り際、リリカがそっと言った。


「ねえ、フィン」

「ん?」

「……また、ぎゅってしてね?」


 少しだけ、上目遣い。

 俺は脱力する。


「大人をからかうと後が怖いぞ」

「どんなふうに怖いか、今度教えてね?」


 リリカの頬に手を添える。


 夕暮れの光の中、俺たちの距離は、確実に縮まっていた。

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