夕餉※ガルド視点
その日の夕餉は、いつもと同じはずだった。
黒パン、塩気の強い煮込み、薄く切った干し肉。
グランフォードの民にとって、食事とは生きるための儀式のようなものだ。
決して、楽しむためのものではない。
そう思っていた――最初の一口までは。
スプーンを止め、もう一度口に運ぶ。
舌の上で、今までに感じたことのなかった旨味が残る。
「…………」
無言のまま器を空にした。
気づけば自然と手が伸びている。
「もう一杯もらおう」
側仕えが一瞬だけ目を見開いたが、すぐに動いた。
戻ってきた椀からも、同じ香りが立つ。
「味が変わったな。料理長を呼べ」
ほどなくしてバロウが現れる。
背筋が伸びており、堂々とした佇まいだ。
「味付けを変えたな。このスープはお前の発案か?」
「実は……」
一瞬、言葉を選ぶ間があった。
「この味を提案したのは、厨房付きのフィンです」
「これは王都の料理か?」
「分かりません。フィンが旅の中で発見したレシピだと聞いています」
私は椀を指で叩いた。
「では、このスープには何日分の食材を使った」
「……従来と、変わっておりません」
「何?」
バロウは嘘をつくような男ではない。
だが、俄かには信じがたい。
同じ素材でここまで味に差が出るものなのか?
「今まで廃棄していた骨、皮、脂身を使っています。臭みを取る下処理と、火入れを変えただけです。香辛料などは使っていません」
「なるほど。料理人としては拾い物だったと言えるな」
口にしてから気づく。
初めてあの男を評価したかもしれない。
「フィンはレシピを独占せず、共有してくれてます」
「……ほう。奴が求めた対価は何だ?」
「無償でしてくれていることです」
私は椅子の背にもたれた。
「人気取りか、あるいは取り入るための策か。いずれにせよ、余所者は信用するな」
そう告げた瞬間だった。
「閣下」
バロウの目つきが変わる。
料理長は視線を逸らさずに言った。
「お言葉ですが、フィンは余所者ではありません。厨房を支える仲間です」
「……貴様」
睨みつけても目を逸らさない。
仕事にうるさいこの男が、ここまで言うとは……。
「警戒は怠りません。ですが、いつまでも余所者と呼ぶのは――あまりに狭量かと」
「厨房に戻れ」
踵を返す背中を見送りながら、私は考える。
(この短期間であの堅物の心をここまで動かすか)
椀に残った最後の一口をゆっくりと飲み干した。
――やはり、油断ならん男だな。




