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第一話: 見えてしまった最初の警告


 ――ここが、俺の新しい世界か。


 頬を撫でていく風はどこまでも柔らかく、俺は感動で少しだけ上ずった声でそう呟いた。目の前には、見渡すかぎりの緑の絨毯が広がっている。空は突き抜けるように青く、いくつか浮かんだ白い雲は、まるで綿菓子をちぎって浮かべたみたいに甘やかで、よく見ると少しだけ粘性がありそうなかたちをしていた。遠くの地平には、おだやかな稜線の山脈が霞んで見え、すべてが絵に描いたような景色だった。これだ。これこそが、俺が夢にまで見ていた『異世界』の風景そのものだった。


 ついさっきまで、俺は九頭竜くずりゅうという、いかにもな苗字に反してごくごく平凡なサラリーマンだった。だがしかし、選ばれた人間というのは、やはり違うのだ。お約束のトラックとの衝突イベントを経て、自らを女神と名乗る美少女から、こう告げられたのである。


『貴方には、剣と魔法の世界で第二の人生を送る権利を差し上げます!もちろん、サービスで最強のチート能力も付けちゃいますから、思う存分やっちゃってくださいね!』


 そう、約束された勝利の人生が、今、幕を開けるのだ。


「さて、と。まずは基本の『キ』、己のスペック確認からだな!」


 俺は胸いっぱいに異世界の空気を吸い込み、輝かしい未来への第一歩を踏み出すべく、高らかに宣言した。


「よし、『ステータスオープン』!」


 俺が心の中でそう唱えると、目の前に半透明のウィンドウがシュン、と小気味よい音を立てて現れた。やった!これぞ異世界!俺の輝かしいステータスは……。


名%#:九頭竜 リュウイチ

種族:null_p̸o̴i̴n̶t̴e̴r̴_

職業:異世界からの$̸&#§


レベル:█̶͇̿/̷͇̿̿/̿̿'̿̿̿̿ ̿ ̿̿


称号:【転生者】【理解̵̎̋し̵よ̴う̵と̸す̴る̵愚̸者̴】【'̵/̵̿̿/̿̿'̿̿̿'̿̿̿'̿̿̿'̿̿'̿̿̿̿ '̿̿̿̿̿̿'̿̿̿̿̿̿̿̿̿̿̿に触れた者】


H̴P̴: 1̷2̷8̷/̸?̷?̷?̷?̸

M̸P̸: 0 / 0

S̸T̴R̸: 999+E#?

V̸I̶T̸: ̸̎̋■■■■■■

A̴G̵I̶: 8̵̎̋■7̵̎̋■_Corrupted

I̶N̷T̴: ∞

M̸N̵D̷: 1

L̸U̵K̴: Undefined


ユニークスキル:

【観■ (I̴n̸f̸o̴-̴H̴a̴z̴a̴r̴d̸)̸】

【万能収蔵庫 (D̵a̴m̴a̸g̵e̴d̴)̸】

【■テータ■表示 (C̵o̵n̷t̸a̴m̷i̷n̷a̸t̸e̵d̵)̸】


保有スキル:

【縺薙■闡峨・蝗∬ェイ】【蠢・縺吶■■縺ョ鄂 permeates】【認識外色彩の知覚】


状態異常:

【ミーム汚染(S̷e̵v̴e̷r̷e̴)】【■識■■】【E̸N̷D̸L̵E̶S̶S̶_̶H̵E̴A̴D̵A̸C̷H̸E̸】


装備:

武 器:N/A

頭防具:N/A

体防具:【安物のスーツ (E̸n̶t̸i̷t̷y̵_̴A̴t̵t̴a̵c̷h̴e̶d̷)】

装飾品:【ビジネスシューズ】


W̷A̴R̴N̷I̸N̸G̴:̴ ̴C̴o̴g̴n̴i̴t̴o̴h̸a̴z̷a̷r̵d̶ ̵d̸e̶t̴e̶c̴t̸e̶d̸ ̶ ̴S̶y̵s̸t̴e̷m̴ ̸f̸a̷i̷l̷u̸r̴e̸ ̵i̶m̴m̴i̵n̸e̸n̵t̴ ̴ ̴P̸r̷o̴c̶e̵e̴d̷i̸n̶g̵ ̸w̶i̷t̸h̶o̷u̴t̴ ̵c̷a̶u̸t̶i̴o̵n̷ ̴m̶a̷y̷ ̸r̵e̴s̸u̸l̵t̷ ̸i̶n̷ ̶p̷e̸r̵m̶a̶n̸e̴n̷t̸ ̶d̸a̷m̸a̶g̷e̵ ̴t̴o̸ ̶t̴h̸e̵ ̶u̵s̶e̶r̴'̴s̵ ̴p̶s̸y̴c̵h̵e̷ ̸ ̸W̴A̸R̸N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷W̴A̴R̴N̶I̴N̵G̷


 そして、それらを「情報」として認識した瞬間。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「ぐっ……ぁ……!?#&%ふじこ$@……!?」


 頭を内側から、巨大な万力でギリギリと締め上げられるような、激しい痛みが走った。視界がぐにゃりと形を変え、口からは意味をなさないノイズが漏れる。


「閉、閉じろッ!閉じてくれぇ!」


 俺が半狂乱で叫ぶと、ウィンドウは現れた時と同じように、一瞬で掻き消えた。


「はあ……はあ……。……お、おう。なんだ今の……?」


 女神様もワンオペで大変なのだろう。きっと時間がすべてを解決してくれる。

 俺は膝に手をつき、無理やり現状を解釈した。そうだ、きっとそうに違いない。


 俺は寛大な心でそれを受け入れ、気を取り直して改めてあたりを見回した。



――――俺の視界の端で、何かが動いた。



 遥か遠く、だだっ広い草原の真ん中に、ぽつんと白いモヤモヤしたものが立っていた。それは、両腕を曲げながら、コンテンポラリーダンスのようにくねくねと体を揺らしている。


「……なんだ、あれは」


(そうか、あれがこの世界のモンスターか!よし、さっきのことは忘れて、今度こそ本命スキルでいこう!)


 至高のチート能力『鑑定』で、あいつの正体を丸裸にしてやろうじゃないか。


「よーし、いくぜ!俺の伝説の始まりだ!」


 俺はにやりと笑い、白いモンスターに意識を集中させた。


(――『鑑定』!)


 俺が心の中でスキル発動を念じようとした、まさにその瞬間だった。



――――――――チュイーン!!!!



 甲高い音が、俺の耳元を通り過ぎた。

 直後、ドガンッという轟音と共に、俺の数センチ脇の地面が弾け飛んだ。


 呆然と顔を上げた俺の視線の先に、二つの姿があった。

 一人は、金色の髪を持つエルフの美少女。だが、その手にあるのは優雅な弓ではなく、黒くごついスナイパーライフルだった。

 もう一人は、白銀の鎧に身を包んだ女騎士。しかし、その顔には疲労と呆れが浮かんでいた。


(すげえええええ!本物のエルフの魔法使いに女騎士!)


 今の銃撃は、きっと彼女たちなりの挨拶だったのかもしれない。大方、俺を魔物とでも間違えたのだろう。


 俺は満面の笑みを浮かべ、二人に向かって大きく手を振った。


「よぉ!俺の名前はリュウイチ!九頭竜リュウイチだ!見ての通り、ただの転生者さ!」


 最高の笑顔で、最高の第一声を放った。

 だが、返事はなかった。エルフは感情の読めない瞳で俺をじっと見つめ、女騎士は深く、ふかーいため息をついた。

 そして、二人は無言で顔を見合わせると、同時に俺に向かって歩み寄ってきた。


「え?」


 女騎士が俺の右腕を、エルフが左腕を、有無を言わさぬ力でがっしりと掴んだ。


「ちょ、何!?痛い痛い!なんだよ、いきなり!」

「問答無用だ。少し付き合ってもらう」

「えええええ!?拉致!?これが異世界式コミュニケーション!?」


 俺の抵抗もむなしく、ガタイのいい男でも敵わないであろう力で、草原を引きずられていく。遠ざかる視界の片隅で、あの白いモヤモヤが、相変わらずくねくねと踊っていた。



「……で、いきなり何なんだよ!拉致なんて、あんまりじゃないか!」


 いくつかの岩が転がる岩陰まで引きずられた俺は、ようやく解放されると同時に抗議の声を上げた。ここからは、あの白いモヤモヤは見えない。


「静かにしろ。あれが見えない場所まで来たかっただけだ。話はそれからだ」


 女騎士――セレスと名乗った彼女は、忌々しげに俺が引きずられてきた方向を睨みつけながら言った。


「危険って言われてもなあ。見た感じ、大したことなさそうだけど。俺の『鑑定』スキルがあれば、あんなのイチコロだって」


「何度言わせるつもりだ。わたしの話を聞いていたか!?今まさにその『鑑定』とやらを使おうとしたから、リフィが威嚇射撃をしたんだろうが!」


「え、そうなの?てっきり何かの挨拶かと」


「どんな挨拶だ、それは!?」


 ガシャリ、とセレスが握りこぶしを作った拍子に、鎧のこすれる音がした。


「落ち着いてください、セレス。感情に任せるのは得策ではありません」


 それまで黙って銃を点検していたエルフ――リフィが、静かに口を開いた。


「リュウイチさん。単刀直入に申し上げます。貴方が先ほど試みたことは、この世界では自ら命を絶つ行為に等しいのです」


「自殺行為?スキルを使うだけで?大げさだなあ。俺の『鑑定』は女神様お墨付きのチート能力なんだぜ?」


 俺が自信満々に胸を張ると、リフィは表情一つ変えずに言葉を続けた。


「問題となるのは、その『情報』です。例えば、この世界の存在を魔法で『鑑定』すると、貴方の脳には直接、人の知覚を超えた、理解不能な概念が流れ込みます。結果、貴方の精神構造は、その情報によって二度と元には戻らない形に変えられてしまう。それが、この世界で『ミーム汚染』と呼ばれる現象です」


「ミーム……汚染……?なんだそりゃ、状態異常か何かか?だとしても、俺のチート魔法なら無効化できるはずだけどな!」


「……」


 俺の解釈に、リフィは黙り込み、セレスは呆れたように、ため息をついた。


「我々の世界の常識は、ここでは一切通用しない。魔法ですら、迂闊には使えんのだ」とセレスが苦々しげに言う。


「え、魔法も使えないの?じゃあ、あんたたち、どうやって戦ってんのさ」


 俺が尋ねると、リフィはこともなげに、構えていたスナイパーライフルをポンと叩いた。


「これです。この世界の遺物……私達はこれを『銃』と呼んでいますが。魔法よりも遥かに安定的で、信頼に値します」


「銃って……ファンタジーの世界観はどうしたんだよ!」


「は、はぁ。ですから、ここは貴方が想像するような世界ではないと、そう申し上げているのが、まだご理解いただけませんか?」


 リフィの言葉はどこまでも冷静で、それが逆に俺の神経を逆なでした。


「……分かったよ。そこまで言うなら、もう『鑑定』は使わないでおいてやるよ!」


 俺は半ばヤケクソで叫んだ。


「しかしな!俺は、この世界の情報を知る必要がある!なあ、二人とも!冒険者ギルドはどこにあるんだ!?一番近くの町はどっちだ!?」


 しかし、俺の必死の問いかけに、二人は顔を見合わせ、そして、ひどく憐れむような目で、俺を見た。


 リフィが、静かに、そして残酷に、事実を告げた。


「ですから、繰り返しになりますが。この世界には、冒険者ギルドも、町も、村も、私達の知る限りでは、どこにも存在しません」


 ギルドがない?町も村もない?レベルアップも、ゴブリン退治のクエストもない?


「じゃあ……俺の無双は?スローライフは?ハーレムは!?」


「……さあ?その単語の意味は分かりかねますが、少なくともここで生き延びるのが容易ではないことだけは確かです」


「嘘だ…」


 現実から目をそらすような俺の声が吐き出された。その時だった。


「……!いけません、来ます」


 リフィが鋭く叫び、銃を構える。


「何が……?」


 俺が顔を上げると、遠くには先ほどと同じ白いもやのようなものが見えた。

 それも、多数。


「囲まれたか……!逃げるぞ、リュウイチ!」


 セレスが叫び、俺の腕を引っ張っていく。


「痛い痛い!痛い!」

「いい大人だろ!少しは静かにしろ!」


 セレスの一喝で俺は黙った。

 そのまま、俺は女騎士にずりずりと引きずられながら、逃走を始めた。

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