【第六話】「王城の影」
――ようこそ、『愛殺』の世界へ。
この物語は、魔王が死ぬところから始まります。
しかもその魔王は、かつて5000年続いた人間と魔族の戦争を終わらせ、平和を築いた英雄でした。
そんな「愛された魔王」が、なぜ、誰に、どうして暗殺されたのか。
右腕であった一人の男が、その真相を追い、世界の裏側へと踏み込んでいきます。
――平和は、こんなにも脆いのか。
――友情は、復讐に変わるのか。
壮大な旅と陰謀の物語、ここに開幕です。
《暁の盟約》の半分と、人間王家の印章――
それはあまりにも危険な手がかりだった。
このままでは証拠も真実も闇に葬られる。
「……王城に入る」
「そんな簡単に言うけど、あそこは平和同盟締結後でも、魔族の立ち入りは厳しく制限されてる」
「だからこそ、正面からじゃなく影から行く。あの印章の持ち主を突き止めるまで帰らない」
ルナは少し黙った後、口角を上げた。
「いいわ。じゃあ、影の中で踊りましょう」
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王城の外郭は三重の城壁で守られている。
昼は祭りの余韻で賑やかだが、夜は兵士の巡回が倍になる。
俺たちは南門近くの下水路から侵入した。
腐臭と湿気の中、暗闇に潜む。
ルナが灯した小さな魔光だけが足元を照らす。
「ここからなら、王城の地下貯水庫に繋がるはず」
俺は壁に刻まれた古い印を確認する。
これはかつての戦時中に使われた“裏道”の印だ。
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◆
貯水庫に出た瞬間、背後から声がした。
「止まれ」
振り返ると、長槍を構えた兵士が二人。
その鎧には、通常の王国兵ではなく《近衛隊》の紋章――王族直属の護衛だ。
即座に影の中へ飛び込み、気配を消す。
ルナは反対側へ滑り込み、手のひらから放った微弱な幻術で兵士の視線を逸らす。
俺たちはすれ違う瞬間に無音で動き、通路の奥へ抜けた。
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やがて辿り着いたのは、王城の地下書庫。
そこは公には存在しないとされる場所だ。
棚には封印された帳簿や外交文書が積み重なっている。
探すべきは――あの印章に関する記録。
机の引き出しを漁ると、封蝋と同じ紋章が刻まれた“契約書”を見つけた。
日付は、平和同盟締結の前年。
そして署名欄には、一人の名前があった。
「第一王子 レオンハルト・アークロア」
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◆
「……今の王じゃない。兄……だ」
ルナが低く呟いた。
彼は現王の兄であり、数年前に突如姿を消したとされている人物。
歴史書では「病死」と記されていたが――これは明らかに生存を示す証拠だった。
その時、書庫の入り口で扉が開く音が響いた。
「こんな時間に、珍しいお客様だな」
現れたのは、深紅の外套を纏った男。
顔は影に覆われていたが、その声は低く、冷ややかだった。
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◆
深紅の外套の男は、静かに書庫の扉を閉めた。
その仕草に、無駄な動きが一切ない。兵士ではない――訓練された暗殺者のそれだ。
「その書類は、王国の安寧のため封じられている」
「安寧……ね。魔王を殺すことが安寧か?」
「……それはお前が知る必要のないことだ」
男の声は感情を削ぎ落とした氷のようだった。
ルナが小声で呟く。
「ゼファード、あれ……《暁の番人》の印」
外套の袖口に、確かに千眼の紋が刻まれていた。
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「お前らが《暁の盟約》を守るために、魔王を殺したのか」
「守ったのは均衡だ。犠牲は常に必要だ」
男はゆっくりと歩み寄り、机の契約書に視線を落とす。
「……第一王子レオンハルト。彼はまだ“動いて”いる。だが、それを知った時点で、お前たちはもう帰れない」
その言葉と同時に、書庫の四方に設置された魔術刻印が赤く光り、重力のような圧力が降りかかった。
空気が重い――体が動かない。
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「……っ、封印魔術か」
「逃げ場はない。王城の外にこの話を持ち出すことは許されない」
男が懐から短剣を抜く。刃に刻まれたルーンが青白く輝き、殺意が空間を満たす。
だが、ルナが両手を組み、低く詠唱を始めた。
「――影、裂けろ」
次の瞬間、俺たちの足元にあった影が波打ち、黒い裂け目が広がる。
重力の圧力が一瞬だけ緩み、俺はその隙を突いて契約書を掴み、裂け目へ飛び込んだ。
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落下感の後、俺たちは王城外の廃屋に転がり出た。
ルナは息を切らしながらも笑う。
「……ふぅ、危なかったわね」
「危ないどころじゃない。あの男、殺す気だった」
手にした契約書は半分が焼け焦げていたが、署名部分は残っている。
“第一王子レオンハルト”――この名前が次の鍵になる。
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俺は夜空を見上げた。
雲間から覗く月が、まるで血を啜ったように赤く染まっている。
これは偶然じゃない。均衡が崩れ始めている証だ。
「ルナ、次は……」
「ええ、行き先は決まってる。死んだはずの第一王子を探しに行くんでしょ?」
そうだ。
真実に近づけば近づくほど、敵は増える。
だが、俺はもう止まれない。
――ガルドヴェインを殺した者を、この手で裁くために。
【第六話・完】
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