round 5
店内の清掃と、膨大な数のドロップアイテムの仕分け作業を終える頃には、ロゼッタの街に正午の鐘が響いていた。 かつて公式大会の決勝戦を戦った時でさえ、これほどまでに神経を研ぎ澄ませることはなかった。だが、Rainyの要求する「棚のミリ単位の整頓」は、ある意味でドラゴン狩りよりも精神を摩耗させた。
「……はぁ。やっと終わったわね。新人の割には、まぁ、及第点ってところかしら」
Rainyがカウンターで帳簿を付けながら、素っ気なく言った。隣でSunnyが「お姉ちゃん、さっき『完璧すぎて文句の付け所がないのが逆にムカつく』って言ってたじゃん!」と茶化し、Rainyに小突かれている。
そんな、平和な「LIGHT」の空気が一変したのは、その直後だった。
カラン、カラン……。
控えめなベルの音と共に、一体のNPC(非プレイヤーキャラクター)が店に入ってきた。 それは、この街のどこにでもいる「運び屋」のグラフィックをした自動プログラム。だが、そいつがカウンターに置いたのは、見たこともない紋章が刻まれた一通の封書だった。
「……また来たわね」
Rainyの表情から余裕が消える。 彼女は鋭い手つきで封を切り、中身を確認した。水色の衣装が、彼女の緊張を反映するようにわずかに輝く。
「……hardly。あんた、運がいいわ。例の『謎の依頼主』からの指名依頼よ」
「俺に、だと?」
俺はモップを置き、Rainyの隣へと歩み寄った。
「正確には、『店で一番動ける者に、至急届けてほしい』。……依頼主は直接姿を見せない代わりに、私たちの動向をどこかで見てるのかしらね。昨日のあんたの働きを聞きつけたのかもしれないわ」
Rainyが差し出した書状には、流麗な筆致でこう記されていた。
『指定素材:【月影の雫】 場所:プライベート・スキャンエリア 109番「静寂の廃庭」 期限:今夜、月が昇るまで』
「……『静寂の廃庭』。公式リストには当然ないわ。ミニチュア・スキャンのIDから推測するに、これはかなり高度な造形技術を持つプレイヤーが作った、非公開の庭園マップよ」
俺の指先が、微かに震えた。 かつて初心者時代、彼女と話した時に、彼女がポツリと漏らした言葉。 『いつか、自分だけの静かな庭を作って、そこで月の光を眺めていたいな』
ただの偶然か、それとも。
「hardlyさん、気をつけて。この依頼主、報酬は破格だけど、いつも仕事が終わる頃には依頼そのものがログから消えちゃうんだ。まるで、最初から誰もいなかったみたいに……」
Sunnyの心配そうな声を余所に、俺は既に背中のフレイムショットガンの感触を確かめていた。
「Rainy。その指定エリアへの座標は、店で預かっているんだな」
「ええ。この招待状そのものがゲートの鍵になってるわ。……いい、hardly。これはただの『お使い』じゃないわよ。テスターとしての直感だけど、この依頼主は、あんたを試してる」
Rainyはそう言うと、俺の胸元のバッジをぐい、と強く指で突いた。
「『LIGHT』の名を汚すような不細工な仕事、許さないんだから。……さっさと行って、必ず帰ってきなさい」
突き放すような言葉。だが、その瞳には、昨日までの刺々しい不信感ではなく、確かな期待の色が混ざっていた。
「ああ。……行ってくる」
俺は「LIGHT」の扉を勢いよく開け、ロゼッタの雑踏へと駆け出した。 目的地は、非公開エリア「静寂の廃庭」。 そこがもし彼女の作った世界なら、俺の半年間の彷徨は、ようやく一つの答えに辿り着くことになる。
最後まで読んでくれてありがとうございます。




