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蝉の抜け殻

作者: 月野 遥

どこにでも誰にでもある普通の恋愛をしていた無数のカップルの1ページ

「サイゼの間違い探しは大人も楽しめるようにできてるんだよ。」

「まだ未成年だろ。。。」


彼女とは僕が高校を卒業する時をきっかけに付き合った。僕より一年遅れて大学に入ってきた彼女は持ち前の明るさで大学生活を謳歌しているらしい。あまり人と話すのが得意ではない僕と彼女は真反対と言っていいだろう。そんな僕のどこを好いてくれているのか不思議で仕方がない。

僕の一人暮らしのアパートに転がり込んできたのでなんちゃって同棲生活を送っている僕たちのお決まりになりつつあるランチがサイゼリヤだ。


「だからトマトも食べないとダメだってば!」

「トマトは嫌いなんだよ、トマトなんて色味以外何一ついいことないんだから。」

「こんなに身体にいいのに、美味しくて身体にいいなんて最高の食材だよ。」


僕の大好きな小エビのサラダにはデフォルトでトマトが一緒に乗っている。トマトが嫌いな僕はいつも注文する際にトマトを抜きにするのを彼女はいつも怪訝そうな顔で見てくる。好き嫌いは人それぞれなのだ。

僕たちは毎回ピザをシェアするのだが、僕たちのお馴染みのルーティンが些細な幸せだと思う。


僕たちは料理が運ばれてくる間の時間をいつも間違い探しに使っているのだが、これがなかなか難しく月毎に入れ替わる間違い探しをクリアできたことは一度もない。ここが違うあれが違うと言い合う時間が僕はとても気に入っている。間違いしを真剣にする彼女はとても可愛い。たまに目が合うと恥ずかしそうに笑う彼女はとても愛おしい。こんな日々がいつまでも続けばいいのにといつも思っていた。でも長くは続かなかった。


僕たちはその一年後にお別れした。


蝉の必死の叫びをノイズキャンセリングのイヤホンで防御しながら僕は大学のベンチに腰掛けていた。生きているだけで死にそうな暑い日に、なぜそんな元気があるのか蝉に聞いてみたいとも思っていた。大学生も3年目に突入した僕はやはり友達なんてものはできずただ惰性で日々を消化していくだけの毎日にうんざりしていた。彼女と別れてもうすぐ一年と少しになる。僕はまだ立ち直れてはいない。あの時過ごした最高で平凡な日常はもう戻ってこない、いい加減前に進まないといけないのに。そんなことを考えていたら涙が溢れてきた。これはいかん、なんて情けないんだ。居ても立ってもいられなくなった僕は逃げるように帰路についた。部屋に帰ってきた僕は一年もたっているのにまるでまだ彼女がさっきまでいたかのような、まだ彼女の匂いを感じられそうなベッドに無気力に吸い込まれ、そのまま眠ってしまった。できるならもう一度彼女とあの日々を過ごしたい。それが無理ならもう二度と朝なんて来なければいい。



実はサイゼリヤのピザはあまり好きじゃない。もっといえば間違い探しなんて興味がない。彼が喜んでくれるような気がしたから。彼氏と別れて一年が過ぎたあたりから元彼氏をよく大学で見かけるようになった。今も変わらず一人でいる姿を見るとあの人の魅力をわかってるのは私だけなんだなと再確認できる。思えば彼はいつも優しかった、私のわがままはいつも聞いてくれたし、レポートもいつも手伝ってくれた。何をしても、どこに行っても私を優先してくれた。でも優し過ぎたのだ。あんないい彼氏を自分から離してしまった後悔が今になって巨大な波になって押し寄せてくる。彼の優しさに甘え過ぎていて気がつくと後戻りできなくなっていた。そんな自分に絶望して彼と離れる決断をした。

私は彼の寝顔が好きだった。いつもはあんなに優しい年上なのに寝ている時はまるで赤ちゃんのようだった。そんなこと今更考えも仕方ないのにどうしてこう、気持ちっていうものは空気を読んでくれないのだろうか。戻れるものなら戻りたい。今この隣に彼がこう座ってきて、お昼はもう食べた?なんて聞いてきてくれたらな。今度は間違い探しをしてる彼をみていよう、私をみてる彼を見ていよう。

私はまだ彼に甘えてしまっている。








彼らはどこかでもう一度付き合えるのかもしれない。でもきっとうまくはいかない。そうして社会に出て時間を過ごし、いつに間にか忘れてしまう。あの時一生続けばいいと思っていた気持ちは徐々にあんなこともあったなという感情に変わってしまう。でもどこかのタイミングで、ふとした時に。あるいはサイゼリヤに行ったときに少しでも思い出せたのならそれはとても愛おしいと思う。

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― 新着の感想 ―
彼氏彼女の視点から描かれた交わりそうで交わらない思い、でも確かに存在した2人の時間。読んでいてとても胸が締め付けられました。次作が楽しみです。
語り手が彼女に変わった時、この作品への、この作者への興味が膨らみました。次作が楽しみです。 大学生の恋愛での、一人でいる時に訪れる、誰にも話すことの無い正直な感情がわかりやすく描かれていました。 読者…
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