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番外編:オトネル子爵は何も知らない 1

お待たせしました、断罪のお時間です。

最初の方はムカつくと思いますが、高い所から落ちる方がダメージは大きいものです…


 今まで、殆どクリスタが使っていた書斎。

 その机の上に、山積みされた書類の前で、オトネル子爵は頭を抱えていた。


 フラビオ・オトネルは、訳が分からなかった。

 つい先日まで、すべてが上手く行っていたのに。


 なぜ、クリスタは家に帰って来ないのか。

 婚約者を奪ったエリザを怒っているのか。

 だが、あの王子は『クリスタもそれを望んでいる』と言っていた。


「そうだ、あの第二王子だ……!」


 あの見てくれの良い王子に、クリスタはたぶらかされたのだ。

 頭が良いといっても、所詮女だな――フラビオは舌打ちする。


 王族相手なんて、本気にされる訳がないだろう。

 遊ばれていることに気づかないなんて、なんと愚かな娘だ。


「結局は、あの女の娘だという事か」


 久しぶりに、フラビオは最初の妻を思い出した。


 古い家の娘だったが、当主に不貞を疑われた妻から産まれた、陰気な訳ありの女だった。

 淡い金色の髪と顔だけは整っていたので、同じような美しい娘が生まれれば、高位貴族にも嫁がせられるだろうと思い娶った。

 だが生まれた(クリスタ)の容姿は、平凡なものだった。

 髪も目もフラビオに似ていた。


 せめて男だったら、跡取りとして目をかけてやれたのに……勝手な考えで、フラビオは妻と娘を放置して、愛人の元に通った。


 愛人は元貴族の出という触れ込みの酌婦で、妻を迎える前からの関係だった。

 妻との婚姻と、ほぼ同時に愛人から娘が生まれた。

 フラビオに全く似ていない、美しい娘が。

 一年後に生まれたクリスタの容姿が、はっきりしていくにつれ、上手くいかないものだな、とフラビオはどこかで思った。


「まぁいい。そのうち泣きついてくるだろう」


 傷物になった娘だ。

 最早、まともな縁はつかないだろう。

 家で働かせるにはちょうどいい。


 エリザに仕事はさせられんし、ローリエも役に立たないだろう。

 だが外見はいいので、社交や表向きの事は、あの二人に任せれば面子も立つ。

 あの二人に子が生まれたら、クリスタの養子にすればいい。

 ローリエだって、伯爵家の血を継いでいるのだ。

 幼少の頃より鍛えれば、優秀な人間に育つだろう。

 クリスタのように。





 五日後、オトネル子爵家に貴族院からの手紙が届いた。

『オトネル子爵家から、令嬢のクリスタを除籍した』と。


 フラビオは驚愕した。

 確かに怒ってはいたが、除籍するなんて全く思っていなかった。


(どういことだ、誰がこんな……!?)


 手紙には貴族院のものと、王国の紋章が押してある。

 国が認めた正式な書面であった。


(ばかな! 家の跡継ぎは、あの娘しかおらんのだぞ!)


 急いで貴族院へ向かったフラビオに、応対した担当官は淡々と告げた。


「ご令嬢は、貴家において虐待の疑いがあり、それが認められた結果です」

「愚かな事を云うな! そんな事がある訳がないだろう」


 本気で言い募るフラビオの前に、官吏は幾つもの書類を並べた。


「これはなんだ……?」

「見覚えがありませんか?」


 フラビオが手に取ってよく見ると、所々に丁寧だが(つたな)い筆跡で書かれた文字が目に入る。


「あなたの領地の、作付面積の計画書です。古い物は6年前です」


 途中まで署名されていた名前には、見覚えがあった。

 4年前、首にした執事だ。

 成人前のお嬢様(クリスタ)にさせる仕事ではない、と何度も訴えるので解雇し、その分の仕事もクリスタに回した。

 ようやくフラビオは、拙い文字が、昔のクリスタの筆跡だと気づいた。


「見覚えがないかもしれませんね。この書類に、あなたの筆跡はありませんし」


 冷たい口調だった。


「現在17歳のクリスタ嬢は、6年前は11歳です。7年前の書類にも、同じような筆跡が見受けられました。つまり、あなたは、11になるかならないかのクリスタ嬢に、領地経営の仕事をさせていたのです」


 フラビオの背にぞくっとした震えが走った。

 体は冷たいのに、どんどん頭だけが熱くなっていく。

 それを払拭したくて、彼は吠えた。


「お、親が子供に仕事を教えていくのは、当たり前だろう?!」

「程度問題ですね。クリスタ嬢の筆跡が残る書類は、ここにあるものだけではありません。ここにあるのは、国に提出された書類だけです」


 官吏は書類を一枚、一枚手に取って、ため息を吐いた。


「最初はあなたや他の人間の筆跡もありますが、歳を追うごとに少なくなり、この3、4年はご令嬢の筆跡だけですね。数字などは、最初から全てクリスタ嬢のものだけですが……」


 どんどん美しくなる筆跡が、哀れさを催すのか、官吏の眉間には深い皺が寄っていた。


「公的機関に上げられた書類だけで、この量です。ご自宅にはこの倍、関連施設や領地にもたくさんあるのではありませんか?」


 それらを証拠として、提出していただいても良いのですよ?


 問われて、フラビオには返す言葉がなかった。

 虐待していた等と認めるつもりは全くなかったたが、ここでの自分が不利だというのは分かった。


「……家から籍を抜いてクリスタはどうなる? 平民になったのか」

「まさか」


 フラビオが絞り出した声を、官吏は鼻で笑った。


「どこに行ったんだ! あれは!」

「あなたに教えられる事は、何一つありません」


 官吏は硬質な声できっぱりと告げた。

 そしてドアを指し示す。


「とても優秀な跡継ぎを失くされましたね、フラビオ・オトネル子爵」


 ドアをくぐるフラビオの背中に、嘲笑うような声が投げられ、振り向く間もなくドアは閉じた。





 クリスタは気味の悪い娘だった。

 最初の妻がいた時は、普通の娘だったのに。

 後妻になった愛人(パメラ)その娘(エリザ)を連れて、家へ帰った日からおかしくなった。


 慣れていないだけで、すぐに元に戻るだろうと思ったが、どんどんフラビオを見る目が冷たくなった。

 義母となったパメラも、懐かないクリスタを持て余していたので、最初は引き離す目的で仕事を与えた。

 読み書きくらいできるだろうと思っていたが、クリスタは思った以上に頭が良かった。

 クリスタに渡す仕事はどんどん増えていき、フラビオは執事から何度も苦言を呈された。


(出来る者にやらせて何が悪い)


 執事を首にし、パメラに批判的な目を向ける使用人も辞めさせた。

 すると、資産は安定したままフラビオは楽になり、妻とその娘の機嫌も良くなったので、これで良かったのだと思った。


 パメラに息子が出来そうにないので、クリスタを跡取りにすることにして、格上の伯爵家の次男を婚約者に選んでやった。

 これでクリスタも満足しただろうと、疑いもしなかった。





「大体、あの娘が無愛想だから、婚約者に見限られたというのに、何の不満があったんだ!」


 貴族院から戻ったフラビオは、玄関で声を荒げた。

 婚約破棄を不服としたクリスタが、貴族院に訴え出たのだと思い、改めて怒りが湧いてきたのだ。


「まぁまぁまぁ、本当に恩知らずな娘ですこと」

「そうよ、お父様。ローリエ様は冷たいあの子に心を痛めていたわ! それを私がいやして差し上げたのよ」


 フラビオの妻とその娘は、家の中でも派手に着飾っている。

 屋敷内が華やかになることをフラビオは嫌いではなかったが、今は少し気に障った。


「いいではありませんか。あんな娘、帰って来なくても」

「そうよ、お父様には、私とローリエ様がついていますわ」


 そうだ。

 別に何も変わることはない。

 だが、跡継ぎの問題は複雑になるだろう。

 いっそローリエの方を、養子にするか……


 その時、玄関が荒々しく開かれた。


「ローリエ様!」


 エリザが嬉しそうに声を上げた。

 だがそのエリザを見るローリエの目は、先日までと違った。


「ローリエ様? どうされたの。伯爵様、いえお義父様とのお話は終ったの?」

「エリザ……君は平民なのか?」


 唐突なローリエの質問に、フラビオとパメラの顔がさっと変わった。

 エリザはきょとんとした顔のままだ。


「何を言ってるの? 平民な訳ないじゃない、私はオトネル子爵令嬢よ」


 そうよね、と言いたげに、エリザは笑みを浮かべて父と母に振り向いた。

 だが父親は彼女を見ず、強張った顔でローリエに向かった。


「……ローリエ君、その話は別の部屋で」

「君が平民だなんて僕は聞いてない! 父は僕と君の婚姻証明書を見て部屋に閉じこもってしまったし、母は誇りあるリュクス伯爵家の籍が汚れたと倒れてしまった! これはいったいどういうことだ?!」


 とりあえず、ローリエを応接間に通し、不安げなエリザはパメラに連れて行かせた。


「エリザは私の娘ですので、オトネル子爵家の者ですよ」

「ならばなぜ貴族として、籍を入れなかったのです?」

「あの子が生まれた時は、まだ平民でしたので、貴族院が拒否したのです」

「やっぱり平民じゃないですか! これは重要な契約違反ですよ!」


 勝手に婚約者を替えたお前が契約違反とはなんだ、とフラビオが問いたかったが、今はこの男を宥める方が先だった。


「子爵家の血筋なのは確かなのです。頭の固い貴族院を説得するのは時間がかかるので、とりあえず貴方を子爵家と養子縁組して……」

「冗談じゃない! 僕は誇り高きリュクス伯爵家の人間です。子爵家を継いだとしても、平民と結婚するなんてありえない……! 大体おかしいと思っていたんだ、エリザは貴族学校にも通っていなかったじゃないか」


 内気なエリザは貴族学校に通えなくて当たり前だ、と言っていたのはどの口だとフラビオは苦く思う。


「そうだ、クリスタ! クリスタはどこです。彼女は貴族学校にも通っていた、本物の子爵令嬢でしょう? エリザが僕を誘惑しなければ、彼女が僕と婚姻する予定だったんです。元に戻せばいい!」

「……クリスタはいません」

「どこに? 傷が付いたと領地にでも返したんですか? 相手が僕なら問題はないでしょう。なんなら僕が迎えに行ってやってもいい」


 こんな場面になっても優越感に浸っている、ローリエの勝手な言い草に、フラビオは笑いたい気分になった。





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