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7.めでたしめでたし?


 三度(みたび)、お茶が淹れ直された。

 渇いたのどを潤す熱いお茶に、心の底から安らぎを感じた。


「美味しい……」


 思わず口から出してしまった感想に、侍従の人が微笑んでくれた。


「王家の直轄地で取れた茶葉だよ。気に入ってくれて良かった」


 自身もお茶を飲みつつ、殿下がどこか嬉しそうに笑う。


「それで……行きたくない? ロードサイト」


 甘ぁ~い、悪魔の誘惑だ。

 確かに子爵家からは出たい。

 ロードサイトにも行きたい!

 セルリアン殿下も……嫌いではない。


(でも、『第二王子の嫁』になる覚悟は、はっきり言ってない……わ)


 貴族令嬢として最低限の教育は受けたが、それよりも領地経営の数字と向かい合った時間が大幅に大きかった自分に、そんなもんが務まるとはとても思えない。


「重く考える必要はないよ。取りあえず私は、君を連れて国を出られればいい」


 破格の申し出に、その後を何も考えずに頷きたくなる。

 手強いな、と笑いを含んだ声がする。


「うーんと、そうだね。向こうで誰かいい人がいたら、いつでも婚約解消するっていうのはどう?」


 私は目を瞬いた。


(……そうか! 殿下はそのつもりなんだ!)


 国内に目ぼしい令嬢は残ってないが、向こうには世界中の優秀な男女が揃ってる。

 そこから本当の花嫁を探すつもりで……

 今はとにかく、帝国を騙して国を出られればそれでいいんだから――私でいいんだ!


「分かりました! お受けします」


 手のひらを返した私に、すかさず殿下は手を差しのべた。

 目の前に差し出された、殿下の手を私は迷いなく取った。


「婚約成立だね」


 殿下は、私の手のひらにキスをした。


(普通、手の甲じゃありませんか……!?)


 上目づかいに美形に見つめられ、私は全身が赤くなっていることを確信したが……この時点ではまだ恋はしていなかった、と思う。





 それからは怒涛の日々だった。


 まず、その日の内に、私は殿下と一緒に子爵家に帰った。

 殿下は、私達が学園の貴賓室で話している間に作成された、私とローリエの婚約棄却、並びに、ローリエとエリザの婚姻に関する書類に、父のサインを入れさせた。


「すんなりと行きました?」

「まだ君がいると、思っているんだろうね」


 書類には、既にローリエとエリザのサインは入っていたが、その場に二人はいなかったそうだ。

 どこにいるのかは、聞かなかった。


 父や家の人間が王族の来訪にパニクってる間に、私は母の宝石を回収した。

 そのまま私は殿下と家を出て、二度と戻ることはなかった。




 私が家を出たことを知った父は、王宮に抗議に来たが、『オトネル子爵令嬢は王宮にいない』と追い返されたそうだ。


 その頃すでに、私はセルリアン殿下と王都を抜け、ロードサイトに一番近い、レイヴン侯爵領にいた。

 レイヴン侯爵家は、王妃様の妹君の嫁ぎ先で、滞在中に養女に迎えていただく手続きが完了した。


「私は、娘が欲しかったのよ!」


 頬を染めて歓待してくれた侯爵夫人は声も見た目も若く、25歳の息子がいるようにはとても見えなかった。

 そんな叔母君を、セルリアン殿下は苦笑を浮かべながら宥めていた。


「母上が、フォートナム公爵家から王太子妃と、第二王子妃を出すのはバランスが悪い、とおっしゃってね」


 私もそう思います。

 第二王子妃になるかは、まだまだ分からない身ですけどねー!



 侯爵夫妻は、養女として歓待してくれただけでなく、ロードサイトへ出発するまでの数日間で、必要なものをすべて揃えてくれた。


 何も持ってなかった私は、ただただ恐縮するしかなかったが、あまりにも嬉しそうにドレスやら小物やらを揃える夫人に、『もし母上が生きていたらこんな風にしてくれたのかな……』と思うと、切ないやら嬉しいやらで、時々泣きそうになり、夫人や殿下に心配をかけてしまった。


 屋敷を出る日には、見送りに来た夫妻に


「必ず、ここへ帰ってくるのよ!」


 と念を押され、このところ涙腺が緩みっぱなしの私はまた泣いて、殿下の胸に顔を埋めたまま馬車に乗って、ロードサイトへと旅立った。


「正直、名前だけ入れてもらうのだと思ってました……」

「……君が子爵家で受けた仕打ちを、一番怒っていたのが母上なんだ」


 馬車の中で、意外な話を聞いた。



『なぜ、虐待が明らかになった時点で、連れてこなかったの!?』 


 王妃様は二番目の息子に、そう言って怒ったそうだ。


 王妃様は市井の孤児や、子供の虐待防止に力を入れられていたが、館の中に隠されるとさっぱり分からない、貴族の子の動向にも気を配っていたそうだ。


(一口に貴族と言っても、家門は100近くあるもんね……)


 全部に、目が配れる訳はない。

 過去には色々、陰惨な事件もあったそうだ。

 一歩間違えると、自分もそうなってたかもと思うと、背筋が寒くなった。


 殿下の集めた書類の中に、私の筆跡が入った物が幾つかあった。

 公文書なので、きちんと日付は管理されていて、私が10の時から働かされていた証拠になった。

 それが虐待の証として公に認められ、私は父の承諾なしに、オトネル子爵家から籍を抜くことができたのだ。



 今更ながら、私はこの第二王子殿下に、結構長い間、見守られていた事に気づいた。


(昨日今日じゃないよね、まさか3年前から……)


 心を閉ざさず、もっと周囲を見ていれば気づいたのか。

 気づけばもう少し、楽になれてたのか……でも、きっとそれも必要な時間だったんだ、と思うことにした。


「……いろいろ、有難うございました」

「どういたしまして」


 殿下はいつも微笑んでこちらを見ている。

 私も、いつか、自然に微笑み返せたらいいのに、と思いながら、ぎこちなく微笑み返した。


 





 私と殿下は、2年後に一緒に暮らし始め、3年後には国に戻って、華燭の典を上げた。




…ここまで読んでいただいて、本当に有難うございます!

まだまだリハビリ状態のお話ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いに思います。


この話は、一応ここで終りですが、この後番外編で『子爵家のこと』『王家のこと』『皇女のこと』など書きたいと思ってます。

気になる方はまたよろしくお願いします。


最後にもう一度、読んでいただいて、本当に有難うございます。

今年のあなたに、幸せが訪れますように。


2025/01/21


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