6.私の知らない事
「家柄で探しても、もう上位貴族には当然婚約者がいるから、学園に来て婚約者候補を探したんだけど、この学園に君以上の才女はいない」
ねぇ、2年連続『優秀賞』のクリスタ・オトネル子爵令嬢?――フルネームを呼ばれて、思わず心臓が跳ねた。
「でも君にも婚約者がいたからね。候補から外れてたんだけど、ここの窓から偶然、何かもめてる君らが見えてね……」
思わず、この部屋の大きな窓を見た。
座ったままでは見えないが、あそこからは中庭が見えるらしい。
(中庭に殿下が現れたのは、偶然じゃなかったのか!)
「これはもしかしたら、で駆け付けたんだけど……間に合って良かったよ」
殿下はさわやかに笑った。
そしておもむろに立ち上がると、私の前にひざまずいた。
「結婚してくれないか、クリスタ。まず婚約だけ済ませてロードサイトへ行って、婚儀は帰国後になるけど」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! うちは子爵家ですけど!?」
「全然構わないよ。王太子殿下に子供が生まれれば、私は臣籍降下して公爵か侯爵を名乗るし」
「それでも……!」
身分足りないよねっ!?
「身分にこだわるっていうなら、君をフォートナム公爵家の養女にしてもらうよ」
「えぇ……!?」
「あっちにも恩は売ってるし、フォートナム公もアリュシアも、私の婚約者の件は心配していて、いつでも相談してくれって言われてるし」
それは、公爵家で女性を紹介するって話じゃありませんか?!
「それに、君もオトネル子爵家からは、離れた方がいいんじゃないか?」
「えっ……」
「さっきの二人に、どう考えても領地経営は無理だし」
「それは、」
そうですが……元婚約者だけでなく、なぜ学園に入学しなかった義姉の無能まで知られているの?
「能力だけを言ってるんじゃないよ。君の義姉上、オトネル子爵家の血を引いてないから、跡は継げないよ」
「え」
(えぇぇーーーー!!!)
……思えば驚きの多い一日の、最大の驚きがコレだった。
王子様からのプロポーズは、あまりに現実味が薄かった。
「確かに、義姉は義母の連れ子ですが、父上の子供だと……」
はっきり言われた訳じゃない。
でも、実の娘じゃないと、あの父の溺愛振りは理解できないんですがね!?
「少なくとも、貴族院に登録はされていないから、貴族ではないね」
「えぇ!?」
マジですか……? 知らんかったわ。
貴族のみの学園に通えなかった訳だわー
「元々平民だった彼女の出生届があいまいで、貴族院が受理しなかった可能性もある。でも、要請があれば父子鑑定も出来るのに、その手続きをしなかったという事は、子爵自身も疑っていたんじゃないかな」
鑑定をして、本当に娘じゃないと分かるのが怖かった……とか?
「国が認める、オトネル子爵家の子は君しかいない。にもかかわらず、王宮から君に何度か送った招待状は、最低限の公式の式典以外は全て辞退された」
「わ、私は、そのようなご招待はいっさい知りません!」
あわてて応えると、殿下は分かっていると言う風にうなずいた。
「うん、他の貴族の茶会の席も、招待をしたのは君なのに、あの彼女が行っていたみたいだね」
成程、そういことか。
ドレスも宝飾品もたくさんもってたし。
お茶会でちやほやされた話なんかも、わざわざしに来た。
(何度も自慢されたけど、私の反応が虚無すぎて、勝手に怒ってたなぁ)
けばけばしい装いは見ていて目が痛くなったし、忙しすぎて相手する余裕はなかった。
(それにしても、さすがに王宮からの招待には、偽者を送る度胸はなかったらしい)
公爵令嬢と、第二王子を初めて見た、あの華やかな式典を思い出す。
どうせなら、もう少しマシな格好で行きたかった……と。
「……3年前、あの式典の際の君の装いが気になって、子爵家の周囲を調べさせたら、君は前子爵夫人が亡くなってから、一切社交の場に出ていなかった」
この殿下に、あのひどい格好を見られていたのかと思うと、カッと羞恥がこみ上げた。
「お、お見苦しい姿をさらした事を謝ざ……」
「君はちっとも見苦しくなんかない! ただ、あのドレスが君に合ってなかっただけだ」
かぶせ気味に言葉を重ねる、殿下の頬にほのかな赤みが差しているように見えたが夢かな?
夢だな。
「これは憶測だけど、子爵が彼女に甘かったのは、我が子か疑ってしまうのを申し訳なく思っていたんじゃないかな」
うわ~ありそう~
父と同じ髪と目の私は、間違いなく娘だからって、冷遇していい事にはならないけど。
「勿論、そんな事で子供の待遇に優劣を付けるなんて、許される事じゃない」
私の心を読んだみたいに殿下は続けた。
「おまけに、君は学業の傍らに領地経営までさせられていただろう?」
本当に色々ご存じだなぁ……
「忙しいという理由で、生徒会入りを断られたからね。君がオトネル子爵家の領地経営をしていると、知っている人は結構いたよ。家業の手伝いは、本来褒められるべきことだけど、君への配分が大きすぎだね……」
優しく掛けられる言葉に、だんだん目頭が熱くなる。
(誰にも期待できないと、これ位なんでもないと、心を閉ざしたが、誰かに知ってもらいたかったんだ)
『クリスタ』が、努力してたことを。
「……君はもう自由になっていい。頑張ったね、クリスタ」
殿下からハンカチを差し出されて、私は自分が泣いているのを知った。